明礬についての研究報告

 板倉聖宣さんの明礬についての講演を聞いて触発されて、当時赴任していた長野県戸隠村の崖から明礬が浸みだしているのを発見。戸隠村の化石館の学芸員田辺先生の話を聞くことも出来て、感激して板倉聖宣さんに立て続けに手紙を出しました。その時出した手紙をまとめたものです。
 当時は興奮していてあまり厳密にものを考えず、また調べるべきことを調べずにものを書いてしまったという面もありました。明礬からイオウを摂取していたのではないかという仮説はその後まったく調べてありません。研究するというつもりであれば、徹底して調べるべきところです。思いつきを安易に文章にしたという面もありますが、仲間内の情報交換の文章としてはよいのではないかと思います。
 今日から見ると公表するには問題も多い小論、手紙ですが、おもしろい観点が書かれているという面もあるので、手直しせずに掲載することにします。

以下資料

明礬についての研究報告──板倉聖宣さんへの手紙と、実験の提案

第1信
板倉聖宣
 大阪四条畷では、大変お世話になりました。思えば26年前、初めて仮説実験授業の研究会に参加したのが四条畷でした。そのときの気持ちを思いだして感無量でした。
 講演での明礬の話、戸隠村の地質化石館で出している地質化石館だよりにそれらしい話が載っていたのを思い出したので、調べてみると載っていました。コピーをお送りします。その学芸員の田辺さんは、信州大学教育学部を卒業したけれど教員にならず、戸隠地質化石館に勤めています。今日電話で聞いてみようと思いましたが、今日は小学校で出前講師をしているとかで、明日電話して聞いてみようと思っています。この記事だけでは、場所がわからないので、その場所まで案内してもらおうと思っています。
 そこで、明礬をとってみたいと思いわくわくしています。 とりあえず現時点でのご報告まで。
 サイエンスシアターでは石灰の化学もやるそうですね。楽しみにしています。
1999年10月25日

第2信
板倉聖宣
 昨日、手紙を差し上げましたが、今日、その明礬が滲みだしている場所に戸隠地質化石館の田辺学芸員の案内で行ってみました。崖から絶えず水(明礬水溶液)が滲みだして苔を伝わってポタポタ落ちています。結晶もたくさんあり採ってみました。(同封します)火山もないのになぜ出るのかについては田辺さんもわからないようでした。「地質化石館だよりの化学式にはK(カリウム)がないだけれど、土の中にはカリウムはいくらでもあるのでこの明礬にもカリウムが入っているはず」と言うと、「なるほど・・・」と言っていました。この明礬には下剤になる成分もあるとかで、あまりたくさんなめると下痢をすると言われているとのことです。また、この近くの年寄りの方々はここから明礬を採って(苔が混ざっているのでフライパンなどで炒って)漬け物などに入れるのに使っているということです。
 不思議なのは、ポタポタ垂れている水は多分明礬の飽和水溶液なのに苔が漬け物と同様(浸透圧で)水を吸い取られてしまうということにならないことです。飽和水溶液ではないのかな? でも、結晶が析出しているのだから・・・。
 崖は再結晶の実験をやっているみたいに見えました。場所を覚えたので、今度は写真に撮ったりしてお送りしたいと思っています。浅間山麓の明礬も見てみたいと思いわくわくしています。
とりあえず現時点でのご報告まで。

1999年10月26日

第3信
明礬についての実験の提案

板倉聖宣
 次のような実験を思いつきました。私もやって見るつもりですが、戸隠分校はなかなか道具がそろわないのと、時間が自由にならないのとで時間がかかりそうです。どなたかにやっていただくとありがたいと思っています。上田サークルの何人かにこの原稿を送って興味を持ってやってくれる人が出るのを期待したいと思いますが、なぜ明礬に興味を持ったかを説明しているとなかなか時間がかかりそうです。未完成ですがとにかくお送りします。

 明礬は、地面の中で化学反応を起こして、それが滲みだしてきたものだといいます。化学式から考えると、カリウム(これは普通の土の中にたくさんある)とアルミニウム(これも土の中にたくさんある)と硫酸から出来た塩である。
 硫酸はイオウが酸化して水に溶ければ出来る。(二酸化イオウが水に溶ければ亜硫酸になるが、これを長時間空気にさらしておくとさらに酸化して硫酸になる)だから、イオウがあるところで明礬がとれるのである。火山の近くで採れるのはそのためである。しかし、火山でなくても、イオウがあれば明礬は出来ると考えられる。
イオウがあれば、
→酸化して二酸化イオウになる
→水に溶けて亜硫酸になる
→酸化して硫酸になる
→土の中のカリウムやアルミニウムと反応して明礬になる。
→土の中に水がしみこむと明礬は溶ける(溶解度が高い)
→崖などから明礬水溶液がしみ出すと、水は蒸発して明礬が再結晶する。

 このようにして明礬が出来るのだとしたら、次のような実験をしたらどうだろうか
[問題]
 ポリバケツで、下に栓のついているものを用意します。これに土を入れ上から希硫酸を注ぎます。下の栓からきわめてゆっくり少しずつ水がしたたるようにして、これをゆっくり蒸発させたら、明礬が析出するでしょうか。

予想
 ア.析出する。
 イ.析出しない。

問題作成者の予想
 析出する。

 これを、サイエンスシアターでやったらどうでしょう。ついでにいえば、硝酸を注げば硝酸カリウムが出来るはず。
 自然界で自然に出来る強い酸は、硫酸と硝酸ではないか。塩酸は地上には塩素がほとんどないので自然に出来るのは難しいだろう。
 してみると、硝酸カリウムも析出してもおかしくないことになる。
明礬を崖から取ってから、少し注意してみると、あちこちの崖や石垣、レンガなどに白いものが滲みだしているのが見つかります。戸隠の崖では石膏(硫酸カルシウム)も析出していました。
自然界の化学実験室は結構あちこちで見られます。

実験に協力してくれそうな人に出した手紙
      様

 突然のお手紙ですが、興味を持たれたら、実験してみていただけないかというお願いです。
 今年のサイエンスシアターでは明礬についてやるそうです。その構想を板倉聖宣さんに聞いていたら急に興味を覚えて、同封の手紙のように研究が進んでいます。第3便で明礬を作る実験を提案していますが、このような実験に興味を感じてやってくれる人がいたら、実験をお願いしたいと思います。その結果を板倉聖宣さんに知らせれば、喜んでくれるだろうし、場合によっては、サイエンスシアターで取り上げられるかもしれません。勝手なお願いですが、興味を持ったらということでお願いします。

1999年10月29日

第4信
板倉聖宣

 KHさんから、土に稀硫酸をかける実験結果が届いていると思いますが、どうやら予想どおり、明礬ができたようです。われながら面白い実験を思いついたと思っていましたが、百科事典で調べたら工業的に明礬を作る方法は陶土(粘土の主成分、長石の風化したもの)を乾かして焼いて、それに熱濃硫酸をかけるというものでした。それなら、土に硫酸をかけて明礬ができるというのも当たり前かもしれません。しかし、改めて考えてみると、やはり土に硫酸をかけて明礬ができるという実験は面白い実験なのではないかと思います。
 戸隠村のお年寄りで明礬を崖からとってつけものに入れている人は今はいないということです。しかし、考えてみれば、80歳になる人は、敗戦時に26歳ですから、戦前にはがけから取った明礬を漬け物に入れたという人がいるかもしれません。これから調べてみます。昔の人が漬け物に明礬を入れたのは、色がよくなるということだけではないような気がしています。明礬にはカリウムと硫酸(硫黄)が入っています。どちらも人間の体にとってなくてはならない成分です。もしかしたら、明礬によって必要な栄養成分を取っていたのかもしれません。そう自覚することなく。特に硫黄はタンパク質の構成原子として重要なはずですが、どういう経路で体にはいるかを考えると、卵の黄身、ネギ、タマネギなどからで、タマネギは確か、昔から日本にあったわけではないことを考えると、硫黄成分を体が必要としていて、明礬から知らず知らずの内に摂取していたということなのかもしれないと予想しています。

 四條畷では、講演で「分析と総合」のお話があり大変興味深く、勉強させていただきました。考えてみればわれわれが接する物質はほとんどが混合物ですが、この混合物をいくら調べても物質の性質がわかるようにならなかった。調べるためにはまず、純物質を作り出す必要があった。そのために蒸留、再結晶などいろいろな手段があるわけですが、明礬が自然界の中で自然に再結晶により純物質として取り出せるということは化学の入門として注目すべき事だと思います。混合物から純物質を取り出し、それを再び混ぜ合わせ混合物として使っているというところに分析と総合が行われていて、教育でも分析抜きで総合をやろうとするとどうにもならない、そのどうにもならないことが始まろうとしているように思えます。
 たとえば、土や整髪料や化粧品などはみな混合物ですが、これらを生徒に与えて「調べてみよ」といっても、生徒は何ができるのでしょうか。何かできる生徒がいるとしたら、既に化学を学んでいて、分析的手法・成分(純物質)を知っているからに違いありません。仮説実験授業の授業書が分析と総合の両方を非常に見事に扱っていますが、「総合的な学習をしなければいけない」と言われた多くの教員が、教育における分析の重要性にそう気づくとは思えません。
 もしかしたら、明礬を化学の入門に位置づけることで、純物質の重要性、分析の重要性に気づかせることができる授業書ができるかもしれないと思っています。
 「ほとんどすべての現代物理学者がラザフォード、ボーアの弟子、孫弟子、曾孫弟子、・・・・である」ということはこれからますます強調されなければいけないことであると思います。

           1999年11月6日


解説
 四条畷で明礬について聞いて、急に研究が進みました。KHさん、YKさんが早速にも実験してくれました。戸隠の崖でとれた明礬らしきものを、YKさんに同定してもらいました。
MNさんからは、大分県別府温泉でも明礬がとれるので調べてみたら・・・と助言いただきました。研究を進めるには、未完成の内にどんどん吹聴するとよいという板倉さんの助言のとおり、いろいろな情報が集まってきました。これを読んだ人が、またいろいろ研究して教えてくれるとありがたいです。
                     (1999.11.24)