重心をいかに教えるか1

12年前に全国教研で発表したレポートを再録します。膨大なレポートを書いてしまったので、その授業記録等は省略します。
【レポートの要点】
◆重心と力のモーメントは楽しく学ぶことができる。
◆数学的法則性が自然界にあることを知ることは大きな教育的意義がある。
◆作業を取り入れることにより意欲と理解度が増す。


  全国教育研究集会理科分科会

重心と力のモーメントをどう教えるか
1997.1.25~28

はじめに

重心の概念・力のモーメントの概念は自然に身につくか

 重心や力のモーメントの考え方は、「てこでものを動かす」などの経験を積む中で自然にわかってくるものであるという考え方をする人もあるように思われる。しかし、中村邦光板倉聖宣両氏の研究によると、江戸時代の多くの和算家たちにとっては、重心や力のモーメントを正しく理解することはきわめて難しいことであったという。実際力の概念が難しいように、重心や力のモーメントの概念も、大変難しい概念である。そうだとすれば、現在の高校生も経験を積む中でいつの間にか自然に力のモーメントの考え方を身につけてしまうということはないだろうと予想される。
山田正男氏の研究によると、「ニンジンを糸で水平につるして、糸のところで左右に切り分けたときのそれぞれの重さは等しいか、異なるか」という問題に対する高校生の正答率は大変低いものであったという。同様の調査は上田第三中学校(当時屋代高校)の瀬在徳雄氏の授業記録においても確認できる。

現実の運動の解明と回転運動の力学

すべての運動は重心の運動と重心を中心とする回転運動に分解できる。現実の運動で回転しないものはほとんどないと言ってよい。生徒が日常でもっともよく見る運動は回転運動である。(等加速度直線運動している物体などはたちまちのうちに見えなくなってしまう。)しかるにこれまでの高校の物理の教科書では回転運動は扱われてこなかった。生徒が学んだことを本当に身につけるのは、学んだ法則を自分で見いだしたいろいろな問題に適用してみて解決できたときである。高校で教えられた回転運動なしの力学では、現実の問題を解決できない。これでは、「学校で学んだことは役立たない」ということを日々教えていることになる。

ニュートン力学における重心の意義

「すべての運動を重心の移動と重心を中心とする回転運動に分解することができ、それぞれを別々に考察し後で合成すればすべての運動を扱うことができる」ということを明らかにしたのは、最後のニュートニアンともいうべきアトウッドであった。この考えからすれば、重心の運動と重心を中心とする回転運動の両方を理解することによって、初めて現実の自然現象をニュートン力学的に理解することが可能になると言えよう。力学を教えるには回転運動まで教えて完結したと言うべきである。
しかるに 年の指導要領改定以来、高校の物理教育においては回転運動が排除されてきた。排除された理由は、一つには難しすぎるということであり、もう一つには生活に密着した理科を排除することによって本当の理科教育ができるという考えがあったと言われている。

各教科書の重心の扱いはまちまちである

 今回の指導要領改訂で、重心、力のモーメントの教材が復活した。静力学に限定されていることでもあり、復活を手放しで喜ぶわけにはいかないが、長年の懸案である、生活と理論の遊離を解決していくための絶好の機会ととらえることもできる。
各教科書の説明を比べると、説明法に大きな違いがある。説明に費やすページ数から言っても最小2ページから、最大14ページまで様々である。説明法が違うのももっともである。長いこと教えられなかった教材をどう説明したらいいのか、過去の蓄積がないので、教科書執筆者ごとに様々な扱い方が生まれたのである。これは大変歓迎すべき事柄である。教材の扱い方についての自由度が大きくなったのである。この自由度をさらに大きくして、これまでと全く違った展開をすることも可能になってきているといってよいだろう。
また、各教科書の説明をよく読んでみると、どの説明も数十年前の説明と同じであることに気づく。例題も戦前の教科書や問題集に掲載されていたものと変わらない。また、このままの内容では「難しすぎる」と感じる生徒が多数出てきてもおかしくないと思われる。今後、昔の教科書をさらによく調べることによって、この分野の別の展開の仕方を考え出すヒントを見つけだすことができるかもしれない。この研究については、先行研究がないようである。

授業のねらい
 ◆ものには重心があることがわかる。
◆重心を計算によって求めることができるようになる。
  ①ものが静止している場合、その物体に働く力がつり合っていると同時に力のモーメントもつり合っている。
 ②静止している物体を部分に分け、支点のまわりの各部分にかかる   重力による力のモーメントを求める。この力のモーメントの和は、重心における全重力による力のモーメントに等しい。
  ③このことをもとにして、重心を計算によって求めることができる。
 ◆重心がどこにあるかは、理論的に計算によって求められるだけでな  く、実験的に確かめられることを知る。
  ①重心を支えれば、もの全体を支えることができる。
  ②ものは自由に動ける状態の時には、重心を中心とする回転をする。   重心以外の点を中心として回転することはない。
  ③従って、重心を通る軸を与えれば、コマを作ることができる。重   心を通らない場合はコマにならない。
◆計算によって求めた重心が実験的に確認されることにより、自然に確かな数学的法則が成立していることを実感する。
 以上のことを通じて、コマを支配している法則は宇宙全体をも支配していることに気づく。