国際物理教育学会で発表の論文2(和文)

授業書《衝突》について
 衝突という授業書は板倉聖宣、塚本浩司*2の共同研究によって提案され、仮説実験授業研究会において討議され改訂された。

授業書のねらい

 衝突という複雑とも思える現象に単純な法則性が成立していることを理解する。

授業記録
1996年12月4日(水)5時間目 2年生物・農学・医療系進学希望者のクラス39名 週1.5回の授業。

授業書第2部
[問題1]コーヒー缶に10円玉をぶつけたらぶつけたら10円玉は
予想
 ア.ぶつけた10円玉は跳ね返る。
 イ.ぶつけた10円玉は跳ね返らない。

 仮説実験授業においては、まずこのような予想問題を生徒に与える。生徒は自分の予想を決めて、挙手によってそれぞれの予想が何人いるか調べる。
 今回の授業では予想分布は
 ア.24人
 イ.12人
であった。この予想分布は、クラスによって多少の違いはあるが、だいたいにおいてほとんどのクラスで似たような傾向を示す。ここに、授業に法則性が存在すると考える根拠の一つがある。
次に、予想を立てた理由を指名によって発表してもらう。
ア.の理由
 バネのように、10円玉は一瞬変形するので、コーヒー缶が押し返す。
イ.の理由
 コーヒーの粉が振動し跳ね返るエネルギーが使われるから跳ね返らな い。
ここで生徒は、自分の考えを述べる。ここでは何を言っても許される。答えを知っているものにとっては、いろいろな考えをすることができないが、まだ答えを知らないものが、様々な考えを持つことが当然であるし、その考えを述べる自由(言論の自由)は最大限に保証されなければならない。

授業日誌の当番が日誌に書いた意見
 10円玉はこわれることがないと思うから跳ね返るのではないだろうか。しかし、コーヒーの粉が振動するからエネルギーが使われてしまうという考えはいい考えだと思います。

実験
跳ね返った。

 考えはいろいろあり得るが、実験結果は一つである。ここで、「この実験からこういうことがわかる」と説明してはならない。というのは、一つの実験結果から考えられることは、いろいろあり、そのどれが正しいかを決めるのは、その実験の解釈ではなく、別の実験であるからである。
生徒は実験結果を授業書の記入欄に記入する。

[問題2]
10円玉AB2枚用意し、AをBにぶつけると。
予想
 ア.AB一つになって運動する。
 イ.Bが右に、Aが少し遅れて後に続く。
 ウ.Aは止まり、Bは右に
 エ.ABそれぞれ反対に動く。
 オ.その他

 次の予想問題は、前の実験の結果を使って考えてもいいし、使わなくてもいい。その判断は生徒に任される。
予想分布
 ア  0人
 イ  8人
 ウ 27人
 エ 2人
 オ 0人

予想の理由
ウ.AのエネルギーはすべてBに渡されるだろうと思うから。
エ.両方とも変形して両方とももとに戻る。
イ.Bにエネルギーが全部渡されるのではなく、Aの方に右向きのエネ  ルギーが少し残るのではないか。
実験結果
ウ.ABの速さが交換された。

[問題3]
質量1gの1円玉を質量が約4倍の10円玉にぶつけると
ア.ぶつけた1円玉は跳ね返り、10円玉は右に動く。
イ.ぶつけた1円玉は跳ね返り10円玉は動かない。
ウ.1円玉は止まり、10円玉は右に動く。
予想分布
ア.4人
イ.29人
ウ.1人
実験結果 アが正しい。
[問題1]の時のコーヒー缶は少しは動いていた。
ここまでは普通の問題である。このあと、
[問題4]10円玉1枚を10円玉4枚にぶつけるとぶつけた10円玉は[問題3]と同じになるだろうか。
 ア.同じになる。
 イ.そうならない。
 実験結果はイである。ではどうすれば、4枚の10円玉は団結してぶつかってきた10円玉を跳ね返すだろうか。
以後問題は4枚の10円玉をセロテープで連結してぶつけてみたり、22枚積み重ねてみたりする。ぶつかった10円玉は端の1枚の10円玉にぶつかっただけなのだろうか、それとも全体にぶつかったのだろうか。そんなことはどう考えてもいいようにも思われる。しかし、全体にぶつかった場合は跳ね返されるのに、1枚だけにぶつかったのでは跳ね返されずに止まってしまう。すなわち、個にぶつかったのか全体にぶつかったのかによって実験結果は違ってしまう。だからこれはどう考えてもいいというわけではないのである。逆に実験結果をみれば、個にぶつかったのか、全体にぶつかったのかがわかることになる。このことはこれまでの物理教育においては、あまり扱われてこなかったことである。しかし、これは重要なことである。
 授業ではこの後、何に衝突したのかによって実験結果が違う実験の結果を予想する問題が続く。最後は、アメリカのハーター先生によって発明されたすっ飛びボールの実験によって全体を締めくくる。
 具体的な問題と実験は学会の発表当日に説明実演する予定である。

上田高校でのこの授業は成功したのだろうか。

あらかじめ決めてあった仮説実験授業の成功失敗の基準に照らして、授業を評価する。
アンケートによる授業の評価
楽しかったか
 5.大変楽しかった  23人
 4.楽しかった  14人
 3.どちらともいえない 1人
2.つまらなかった 0人
1.大変つまらなかった 0人 アンケート時欠席1名
生徒38人中37人が大変楽しかったまたは楽しかったと回答し、つまらなかった、大変つまらなかったと回答した者がいなかったので、
「目標2 生徒の大部分が歓迎する」
は達成された。

わかったか
 5.大変よくわかった   4人
 4.わかった      29人
 3.どちらとも言えない  5人
2.わからなかった    0人
1.全然わからなかった  0人
目標1 授業後のテストの平均点が90点となるについては、自己評価としては大部分の生徒が(38人中33人)よくわかったとしている。
テストについては、

感想文による授業の評価

TM こんなに楽しい授業は経験したことがありません。考察(予想)を立ててから実験するというのは、なんてドキドキするんだろう。自分なりの考えを持って実験にのぞみその考えがおかしかったとしても予想したとおりの結果になったのはうれしかった。実験を重ねるうちにもう少し正答率が増えそうなのに、私はもうだめだなぁ………。とってもとっても楽しかったです。

TK 10円玉を22枚重ねた実験で、接着剤の種類によって結果が違うのは不思議だった。

MM スーパーボールが勢いよく飛び出る実験は驚いた。物理というのは、自分で考えた予想、理屈がくつがえされても、その理屈のどこがいけなくて、真相の理屈がどう正しいか、納得させられてしまうから不思議だと思った。

TS 衝突した瞬間の物体にかかる力がすごく大きいものだと思った。10円玉の実験は、わかっていそうでも、実際に実験をやってみると、思わぬことになったりして、とても興味深かった。

TH この実験において、しっかりとした目的意識を持って授業にのぞめたことは、理解の程度がただの受け身の授業よりもぜんぜん良かったのでびっくりしました。また、自分で予想を立てるときに、一般常識からいってこうだろうと思って予測してみても、実験をやってみるとぜんぜん違っていたりして、本当に驚くことが多かった。こういった実験で起こっていることが、日常でどのように利用されているのかというもっと一般的なことを知りたいと思いました。

OS 授業のときに実際に予想してから、実験をしたので今までモヤモヤしてた考えがなくなってよくわかるようになった。他の人の考えが聞けておもしろかった。一つわかったと思っても、次から次へと問題が出てきて、いろいろな予想をたくさん立てながら一つ一つ納得できたので良かった。

YM コインの実験にみる個と集団の考え方は社会で通用することだと思う。個を見直した上で、集団が確立される。そうでなければエネルギーは円滑に伝わらない。日常生活に浸透させたいことだと感じた。また、「実は少し動いていたコーヒー缶」や、「いたずらによる共同研究」などいつでもたくさんの視点から物事をとらえるべきだと思った。まだまだ世の中には不思議でおもしろいことがあるかもしれない。

アンケートと感想文をみる限りこの授業は成功と言える。授業中での生徒の熱気と興奮は大変なものであった。