重心をいかに教えるか2

どのように授業を組み立てていくか

 山田正男氏の《重心から重心を求める》という授業書案は大変すぐれた授業プランである。この授業プランは重心を求める作業をさせながら、次第に重心を見いだす方法を発見し、発見できなくてもその方法がわかってくるようになっている。基本的にこのプランの流れに沿い、さらに私が独自に考えた教具による実験もつけ加えて、生徒が重心概念を獲得し、それを使ってみる中で有効性を確認し、力学現象を統一的に把握できるようになっていくように授業をしようと考えた。

授業の流れ
第1時限
[問題1]ニンジンを糸でつるして水平になったところで切るとそれぞれの重さはどうなるか。  
[ねらい] 重心の問題はおもしろいが、一筋縄ではいかないことに気づかせ、知的好奇心を刺激する
[問題2]30cmのものさしのはしから10cmのところを支えてつり合わせるためには
[ねらい]試行錯誤を経験する。数学的法則を見いだそうとする。
《お話》ものには「重心」があります。
[ねらい]重心の意味を知る。

第2時限
[問題3]大きさの違う2つの正方形をつなげた図形の重心を求める。
[ねらい]重心から重心を求める。重さの内分点
[問題4]正方形と長方形をつなげた図形の重心
[ねらい]問題3の応用問題
[問題5]長方形と正方形を斜めにつなげた図形の重心を求める。
[ねらい]斜めでも同様

第3時限
[練習問題1]いろいろな図形(長方形+正方形)
[ねらい]計算したことを実験計算で本当に求まることを知る。ホントにコマが回る。

第4時限
[問題6]3つの長方形をつなげた図形の重心を求める。
[ねらい]力のモーメントを考えなければならないことに気づく。
《おはなし》力のモーメントと重心
[ねらい] 力のモーメントの計算法と重心の意味。 剛体のつり合い。
[問題7]力のモーメントを計算して重心を求める。
[ねらい]力のモーメントを計算して求めた答は本当か。
[練習問題2]3つ以上の部分の合成
[ねらい]  重心=トルクの合計÷重さの合計
[練習問題3]平面の重心(x成分、y成分ごとに計算)
[ねらい]平面図形の重心
《おはなし》重心はものの中にあるのか
[ねらい] 重心の概念を知ると何が見えてくるか。
研究問題1]問題を作るという問題
[ねらい]復習と重心の意味のより深い理解

授業の目標
 授業をする前に次のような目標を設定し、授業の失敗成功の判定基準を前もってはっきりさせることにした。
1.過半数の生徒がこの授業を支持する。
具体的にはアンケートで過半数の生徒がこの授業を「5.大変楽しかった」または、「4.楽しかった」と回答する。
2.9割以上の生徒が重心の計算を理解し、計算できるようになる。
具体的には、授業の中の作業で図形の重心を計算し、その点を支えるとつり合うことが確かめられる。さらに、コマを作ると回る。
3.教師自身が楽しいと感ずる。
来年またこの授業をやりたくなる。

授業した結果
  3つの目標はすべて達成された。
1.126人中117人 93%の生徒がこの授業を「5大変楽しかった」または「4楽しかった」と評価した。目標は達成された。
2.全員つり合わせることが出来、コマを作ることが出来た。目標は達成された。
3.楽しく授業することが出来た。また、来年この授業をやりたい。目標は達成された。

授業を終えて
①重心や力のモーメントは高校生には難しすぎると言われてきたが、この授業案に従って授業すれば、全ての生徒が楽しく学びながら、本質的な理解をすることができた。
②何人かの生徒がコマの運動を宇宙すべての運動につながる物としてとらえていた。「ばねがわかると宇宙がわかる」ように、「コマがわかると宇宙の原理がわかる」と言えよう。
③この授業書案のみでは、回転運動については不足である。今回、回転 運動について授業することも考えたが、プランがまとまらないのと、時間が不足という理由によって断念した。しかし、教育学的に考えれば、回転運動の授業の方法を研究して、教えていくことが望ましい。
④コマを作ることによって重心かどうかを判定するという方法は生徒に大変強烈なインパクトを与え、重心概念をしっかり定着させるのに効果的であった。
⑤重心については、物体の安定についても触れたいところである。やじろべえ、バランストンボなどは、支点より下に重心があるために安定していることを教えてもよかったと思う。
⑥同心円の中心を重心に貼って物体を空中に投げる実験は好評であった。
⑦思った以上に生徒は工作用紙を切る作業を喜んだ。

結論
◆重心と力のモーメントは楽しく学ぶことができる。
◆数学的法則性が自然界にあることを知ることは大きな教育的意義があ る。
◆作業を取り入れることにより意欲と理解度が増す。

重心と力のモーメントの認識に関する先行研究
1.「仮説実験授業の授業書《トルクと重心》とその解説」板倉聖宣
            科学教育研究No.3国土社 1971年
2.「日本における「てこの原理」の数学的理解の歴史」
    中村邦光板倉聖宣科学史研究』第151号1985年秋
    『日本における科学研究の萌芽と挫折』仮説社に再録
3.授業書案《重心から重心を求める――ニンジンからコマ》
山田正男
4.遠山啓の講演で重心について触れたものがあり、それをこの授業に  取り入れたが、いかなる文献で知ったものか探索できなかった。
5.瀬在徳雄《重心から重心を求める》授業記録
  1991年屋代高校文型3年生での授業記録
  1991年9月上田仮説サークルで発表
  『上田仮説サークル資料集』91年9月号に収録