構造改良と仮説実験授業

季節社『発想』第4集に掲載された原稿の元原稿の一部を紹介します。

構造改良と仮説実験授業
上田仮説出版 渡辺規夫

構造改良とは何か

最近,「構造改革」ということがしきりに言われます。この構造改革というのは何でしょうか。今日言われている構造改革がどんなことなのかはっきりしません。しかし,国際的なマルクス主義運動の中で言われるようになった「構造改革」というのは次のような意味であると思いま
す。(以下は渡辺が牧衷の話をもとに考えた内容である。)
│  かつての左翼運動では「権力をだれが握るかが決定的に重要であ
│ る。だから,革命で自分たちが権力を握らない限り何もできない」
│ という考えが主流だった。
│  それに対してイタリア共産党の中から次のような考えが出てき
│ た。「社会のさまざまな問題は社会の構造上の問題である。だから
│ その構造を変えていくように運動すべきである。
│  たとえば,労働時間は放置すれば際限なく延長されていくだろう。
│ これは権力を握っていないからそうなるのではなく,社会の構造上
│ の問題のためにそうなるのである。これに対して労働者の利益にな
│ るようにするにはどうすればいいか。これまでの運動では権力を握
│ らないうちは何もできないと考えたために労働時間の延長問題に有
│ 効に反撃できなかった。それに対して構造改良の考えでは労働時間
│ を法的に制限させるように運動するという方針が出てくる。そして
│ 実際にこのような方針に基づく運動によって労働時間を法的に制限
│ することが出来た。8時間労働制はそのようにして実現したのであ
│ る。8時間労働制が実現すると,今度はそのことによって社会の構
│ 造をさらによい方向に変えていくことができる。
│  つまり,社会の構造上の問題点がどこにあるかを見極め,全体へ
│ の波及効果の大きい問題を取り上げて改良闘争することによって,
│ 権力を握らなくても,社会をよい方向に変えていくことができるの
│ である。」
│  この考え方を structural reformと言う。当時これを「構造改革」と
│ 訳した人が多かったが,「構造改良」と訳した方がよい。「構造改
│ 良」とはその思想をシャープに表現すれば「革命的改良主義」と言
│ うことができよう。

構造改良の考え方をもとに方針を立てると何かに反対するのではなく,何かを作り上げるように運動を組み立てることになります。牧衷さんが関わった運動を例に挙げれば,小田急複々線化の高架方式に反対するだけでなく,「地下化すればいい」という対案を提示していくことになるのです。これは反対運動ばかりやってきた人にはなかなか考えられない運動の仕方ですが,成果を上げるのはこのやり方です。

構造改良的に教育運動を展開する

 戦後の教育運動を支配してきた思想はまさにこの「権力を握れば理想的に出来るけれども,権力を握らないうちは何もできない」というものです。指導要領を作る権限は文部省が握っているので,権力を握っていない自分たちは何もできないと考える。そこで教育運動の基本的スタイルは文部省を非難し,反対するというものになりました。
ある教員組合が保護者を集めて学習会をやり,今の指導要領がどのように悪いものであるかを説明したところ,保護者から「そんなに指導要領が悪いものなら,指導要領に基づかない教育をやってくれ」と要望されたそうです。その時その教員は「そういうわけにはいかない。」と答えたのです。まさにここに,反対はする。しかし,やれば成果が上がることでもやらないという姿勢が現れています。
 このときの教員の姿勢は特殊なものではありません。反体制を自称している教育研究団体ほとんどすべてが指導要領を批判するものの代案を示さず,結果的には指導要領に従っているのです。

仮説実験授業における構造改良主義的考え方

 構造改良という思想に基づいて考えると,権力を握らなくても現実の問題の中で全体への影響が大きい問題を取り上げてそれを改良することができるはずだということになります。そう考えて現実の教育を眺めればよくするために出来ることはいくらでもあることに気づきます。
 板倉聖宣さんが仮説実験授業を提唱し,研究会を組織していくときに示した方針は,まさにこの「自分たちでできることをやっていく」という方針でした。
 私が初めて仮説実験授業の研究会に参加したのは1973年11月の四条畷での入門講座でした。その夕食時にある人が板倉聖宣さんに質問していました。
 「板倉先生,私は仮説実験授業をやっているんですが,校長先生が,仮説実験授業は指導要領違反だからやってはいけないって言うんです。どうしたらいいでしょうか」
板倉さんの答は
 「国立教育研究所の板倉聖宣の共同研究者として研究所の所長から校長宛に共同研究の依頼状を書くこともできないわけではない。しかし,そういうお墨付きをもらって……というやり方は出来ればやってほしくない。権力に対してそれ以上の権力を持ってきて言うことを聞かせるということだからね。校長からいろいろ言われても「私は力がないので仮説実験授業しかできないんです」と言うとか,「指導力がないので,子どもたちが仮説実験授業以外やらせてくれないんです」というとか,やり方はいろいろあると思うよ。いろいろ言われるったってクビにされるわけじゃあないんだから。校長が毎時間授業を監視しているわけではないでしょう。どうしてもうまく行かないようなら,依頼状を書いてもいいけど。」(渡辺の記憶による)というものでした。
私はこのときの板倉聖宣さんの考えに驚嘆しました。板倉聖宣さんは権力的に仮説実験授業を普及させるやり方に反対だったのです。
 普通に考えれば仮説実験授業がいいものであれば,指導要領に仮説実験授業を入れさせたり,教育委員会や校長を通じて仮説実験授業を普及させようとする方がいいように思えます。しかし,板倉聖宣さんはそうした権力的手法を否定したのです。
板倉聖宣さんは当時(今も)の教育の問題点は自分たちが権力を握っていないから存在する問題ではなく,構造上の問題点だと考えたのです。その構造上の問題点を改良するための方策が,仮説実験授業の提唱であり,授業書作成の運動だったのです。ですから,権力を握らない限り何もできないと考えている人たちとは違う運動が展開されることになりました。

仮説実験授業の提唱に始まる教育研究運動の発展

 仮説実験授業の〈ふりこと振動〉という授業書が出来たとき,それは教育全体のほんの一部を改良するものでしかありませんでした。all or nothingの考え方をする人からすれば仮説実験授業の一つの授業書が出来たからといって,教育の全てを変えることが出来たわけではないと言ってこの成果を限りなく0に近いものと考えるかも知れません。しかし,この〈ふりこと振動〉の授業書を作ったことは教育全体に次第に大きな影響を及ぼすことになりました。次々にいろいろな授業書が作成され,全国の学校で仮説実験授業が実施されました。今日の教育問題で現場の教員も文部科学省も頭を痛め,苦しんでいるのを尻目に仮説実験授業をする人たちはたのしく現実の教育を大きく変えてきたのです。それに対してall or nothingの考え方をする人たちは教育をよくするためにほとんど役に立つことをすることが出来ませんでした。
 ここでも「出来ることから改良していく」という構造改良の考え方が現実の教育を大きく変えてきたことがわかります。全体をいっぺんに変えようとしていた人たちや反対していただけの人たちは成果を挙げませんでした。これは構造改良の思想の一つの非常に見事に成功した応用例と言えないでしょうか。

構造改良主義は健全

 私は昔から革命主義的なことを言う人をいつも信用できないように感じていました。それは不健全なものを感じたからです。不健全と感ずることを列挙すると
 all or nothingの考え
 民主集中制
 押しつけ
 非難するばかりで代案がない。
 非難はするが自分は何もしない。
 こうしたことは,とても不健全なように思えました。これらはトラブルメーカーに共通するライフスタイルでもあります。
仮説実験授業の考え方に初めて触れたとき,「これこそ求めていたものだ」と感じたのは,授業がうまく行くということだけでなく,その考え方が健全であることによるところも大きかったように思います。
 9割主義
 自由
 選択肢をもって考える。
代案を持って批判する。
 今出来ることをやる。

 今,世の中はまだ,構造改良的に考えることが出来る人はあまりいないようです。職員会で「○○すべきだ」と主張する人がいますが,そのすべきだと主張していることをその人はやっているのかというと大抵やっていないのです。自分の意見が通って人に押しつけることには熱心ですが,今,自分が出来ることをやるという考え方にはなかなかならないようです。

 構造改良的に考えると,今自分がやっている教育という仕事で出来ることがたくさんあることに気がつきます。そして,出来ることをやるだけでも一生の長さが短すぎると感じます。目に見えて成果が上がりそうなことがたくさんあるということに気づくことで,結果的に大変勤勉になってしまいます。仮説実験授業は教師にラクをさせる授業だということになっているのに,ラクをしている人はほとんどいません。みんな仮説実験授業をやるというたのしさのために,限りなく勤勉になってしまうのです。この勤勉は他人に押しつけをしたがる人に見られる勤勉とは違います。仮説実験授業をやる人が他の人に仮説実験授業を勧めるときにどう言っているのでしょうか。「私はラクしていい授業やってるの。あなたもしてみない」というものです。構造改良的に考えると解決できるたのしい問題はたくさんあるのです。
 世の中に構造改良的に考え,行動できる人がさらに増えることを期待して本書を出版します。