Zoomによる『科学と方法』読書会資料

Zoomによる『科学と方法』読書会資料
「仮説についての覚え書──オストワルトの仮説論──」
                     『科学と方法』275~279ページ
                          2020年6月27日(土)
                            渡辺規夫

 

 この覚え書は『仮説実験授業研究』No.7 (1966年6月28日)に掲載された。
 「仮説」という言葉は人によりきわめて多義的に使われている。そこで、「仮説」という言葉がこれまでどのように用いられ、その「仮説」の役割はどのように評価されたかということを整理検討しておかないと、混乱を呼び起こす恐れがある。そこで、これについて思いつくことがあるたびに覚え書きを残して将来これをまとめることとする。

 下線部は『仮説実験授業研究』No.7では書かれているが、季節社の『科学と方法』ではカットされている。覚え書きとして書かれたが、改めて1968年にこれを自分でも論文と位置づけたのであろう。

この覚え書きの要点
 オストワルトは原理的には検証可能だが、今すぐには検証できない仮定を仮説Hypotheseと呼び、検証できる仮定をプロトテーゼprototheseと呼んだ。そして仮説は有害なものであり、prototheseは有益であるとした。
 科学史を見れば、すぐ検証できない仮説も科学の発展に大きな役割を果たしている。光の波動説と光の粒子説は当時はまだ検証することができなかったが、そのような仮説により物理学は進步したのである。熱を分子運動であるとする気体分子運動論もオストワルトによればhypotheseであるので排撃されなければならないことになるが、今日では気体分子運動論の正しさは検証されている。hypotheseを排撃するオストワルトの考えは間違っている。き
 オストワルトは、エネルゲティークと言われる反原子論者であった。その立場からすると仮説に反対するのは当然のことであった。

板倉論文の背景
 近代科学はどうして成立したのだろうか。この問いに対する答として、数学的、論理的思考と、実験の重視の二つがあげられるのが普通であった。
 それは本当なのだろうか。板倉聖宣科学史の研究を通じて「科学的認識において仮説と実験がともに重要である。」ということを発見した。
 この発見をもとにして科学教育を作ろうとするとどのような教育になるたろうか。それは当然仮説と実験をともに重視した授業になるであろう。これが仮説実験授業である。仮説実験授業で仮説と実験をともに重視するのは板倉聖宣科学史研究から導かれる当然の結果なのである。
 板倉聖宣は1963年に仮説実験授業を提唱した。その頃は「子どもの科学的認識において仮説を持つことが非常に重要である」ということに気がついている理科教育関係者はいなかった。当時の理科教育で重視していたのは、数学的厳密性と実験に限られていた。数学的に緻密に説明する授業は、多くの落ちこぼれを生み出した。しかし、それは生徒の能力の問題であると考えられていた。実験重視の授業はやるべきであるけれども、生徒の学力向上には役立たなかった。なぜだろうか。それは生徒は仮説を持つことなく実験をしていた。仮説のない実験は実験ではなく作業である。まったく理解できない授業を受けるよりはましという程度のものであった。
 板倉聖宣はこのようなところで、仮説実験授業を提唱し、仮説の重要性を主張したのである。この主張に立ちはだかったのが、多くの理科教育関係者であった。その多くはオストワルトの考えにもとづき、仮説は有害なものと考えていた。仮説を考えさせると有害な先入観を与えるというのである。これはオストワルトの考えそのものである。オストワルトの考えを忠実に受け継ぐ理科教育者は仮説を目の敵にしていたのである。
 そのような状況の中で、板倉聖宣はオストワルトの仮説論を批判する必要性に迫られていた。仮説実験授業提唱してから5年後の1968年にオストワルトの考え方の問題点を指摘することは焦眉の課題であったのである。