やる気を出させるには

科学史研究と科学教育』の板倉講演「理科教育の変遷史」の後書きとして書いたものです。
やる気を出させるには
 板倉先生が日頃非常に重視しているのは、人間のやる気です。やる気になれば難しい科学も理解できるし、やる気になればいい仕事ができるのです。これまでの日本の教育はこのやる気の重要性をあまり認識してこなかったように思われます。また、やる気が大切と思ってもどうすれば人間はやる気になるのかということについてあまり本気で考えて来なかったように思われます。今もやる気を引き出す方法として多くの教員がやっている方法は「テストに出す」と言ったり、「入試に出題される」と言ったり、「単位不認定にする」と言ったりして生徒を脅す手法です。また、やる気を出させるために生徒同士を競争させようとする教員も少なくありません。こういう場合に生徒の出すやる気は微々たるものです。
 文科省も教員にやる気を出させるためにいろいろ考えているようですが、なかなかいい方法は見つからないようです。学習指導要領を10年ごとに改訂するのも、教師のやる気を出させる方策の一つと考えているのかも知れません。学習指導要領が改訂すると、「新指導要領にどう対応するか」という研究が始まります。しかし、この研究は「何のために」「何を」という観点を欠いているために成果が上がりません。10年くらい経つと研究意欲が起きなくなります。そこでまた次の指導要領を発表するのです。
 これは多くの学校で教員が生徒にやる気を出させようとしている手法と同じです。指導要領を批判する人も自分が生徒を指導するとき同じ手法を用いているのであれば、批判しても説得力はないと言うべきでしょう。
 企業においても従業員にどうやってやる気を出させるかに腐心しています。しかし、やる気を出させるために有効な方法を考えつかないところが多いように思えます。
 世の中では至る所でやる気が大切と思っていながらどうすればやる気を引き出せるのかがわかっていないというのが実情でしょう。
やる気を出させることに成功した授業・仕事
 しかし、そうした中でやる気を引き出すことに成功している事例もあります。仮説実験授業を受けた生徒は、やる気を出しています。仮説実験授業についてはすべての押しつけを排するという方針ですから生徒を脅すことはありません。生徒は脅されなくてもやる気を出しているのです。いや、脅されないからやる気を出していると言った方がよいでしょう。
 仮説実験授業をやる教師もやる気を出して授業をしています。脅されてやる気になっているのではないのです。脅されて出すやる気はほんの少しです。自分でやる気になってやるときに出すやる気は無際限です。大抵、仕事をしすぎてしまいます。しかもそれが楽しくてたまらないのです。
 セブンイレブンでも社員にやる気を出させるのに成功しています。セブンイレブン鈴木敏文会長は社員に「仮説を立てろ」と繰り返し説いています。もともとこの業界では何をどのくらい仕入れるかを決めるのは幹部の仕事でした。しかし、セブンイレブンでは社員一人一人が何を並べれば売れるかという仮説を立ててそれにもとづき仕入れて販売しています。このやり方でセブンイレブンは営業成績がよくなっただけでなく、セブンイレブンの社員は仕事が楽しくなってしまったのです。たのしくなった人の出すやる気は脅されたときのやる気と比べものになりません。これは、仮説実験授業において生徒が予想を立て、考え、討論することによって勉強がたのしくなってしまったのと大変良く似ています。
 残念ながら、今ほとんどの生徒は「勉強しないと大変だ。」「偏差値の高い大学に入らないと就職できない。」「大学に入っても勉強しないと就職できない。」と脅され、素直にそれに従って勉強しています。これでいいのだろうかという疑問は多くの教員は何となく感じているようですが、ではどうしたらいいかとなると答が見つからず、日々の仕事に忙殺されているのが現状です。
 この解決策は、「人間は楽しくなればやる気を出すのだ」ということの意味をよく考えてみるところにあると思います。これは非常に簡単な解決策ですが、「勉強は楽しくなくてもやるべきものだ」「仕事は楽しくなくてもやるべきものだ」と考えている人にはなかなか受け入れられない考え方です。
 しかし、事実の問題として仮説実験授業では授業が楽しくなっているのです。セブンイレブンでは仕事が楽しくなっているのです。たのしくなれば人間はいくらでも力を発揮するのだということを教育においても、仕事においても、社会運動においても認識することで世の中もいい方向に変わっていくのではないかと思います。