Zoomによる板倉聖宣『科学と方法』読書会資料
仮説実験授業についての覚え書
2020年6月27日(土)午後1時30分~2時45分
渡辺規夫
この日は、オストワルトの仮説論と、この「仮説実験授業についての覚え書」を読みました。その中の「子どもの間いから学べ」について考察した資料を紹介します。
この覚え書きは『仮説実験授業研究』No.8に掲載された。このNo.8は新授業書《じしゃく》の特集号で、新居信正さん(徳島県 故人)の授業記録が載っている。
この授業記録の一部を読んでみよう。
《じしゃく》の授業書第3部磁石の正体の[問題3]で「U字型じしゃくを折ったとき、その折れたところはN極かS極かと」いう予想問題が出されている。これについては、全員が正解のN極と答えている。実験の結果もそのとおりであった。
次の[練習問題]で棒じしゃくを折ったときの問題が出てくる。このとき岡田君という男の子がただ1人「NのじしゃくとSのじしゃくになる。」と言ってがんばるのである。クラスの全員から集中攻撃を受けても頑として考えを変えなかった。「U字型じしゃくと棒じしゃくは違う」というのである。担任である新居先生も最後には腹を立てて、「いったいノラリクラリといつまでやるつもりなんだ! これから実験するから性根をすえて見ていろ」と言って実験をした。実験の結果は岡田君の考えは間違いであることがはっきりした。
子どもたちは 「ホレみい、岡田君ガンコじょー。もうわかったか。」
と言っていた。
これについて、板倉聖宣は次のように書いている。
「岡田君の意見は、けっして屁理屈ではないと思う。ここまでの授業をすませていても、磁石には必ずしもNSがあると断定しえないのだから、岡田君の主張にも一理ある。ほかの子どもにはそれが理解できなかったわけだ。岡田君はガンコと言われて心外だろう。この討論は“岡田君の意見も一理ある。おもしろい”ということがわからないと時間の浪費ということになってしまう。ほとんどの子どもはそのように考えたらしいが、何人かの子どもは心の中で岡田君の考えに興味を持っただろう。それでよいのだと思う。岡田君の間違いを決定的に指摘しうるのは、やはり実験以外にないわけだ。」
新居先生は、この板倉聖宣の言葉に痛く感動して、授業記録の冒頭に板倉さんの「子どもの間違いから学べ」を全文引用した。
仮説実験授業をすると、生徒はいろいろ間違ったおもしろい考えを述べる。この『仮説実験授業研究』No8には新居さん以外にも何人もの人が《じしゃく》の授業記録を発表している。どの記録も子どもたちのまちがっているがおもしろい考えがたくさん出てくる。しかし、当時の教員は(いや今の教員も)生徒の間違った考えを認めない。このような間違った考えを述べさせる授業を「時間の無駄だ」と考えた。教師の仕事は生徒の間違いを正しい考えに変えることであると考えているのである。このような考えで仮説実験授業をやられたらたまらない。そのような授業はうまく行かない。仮説実験授業をやってもらうためには、教員に「子どもの間違いから学ぶ」という姿勢になってもらわなければ困るのである。この覚え書きはそのような状況の中で書かれたのである。
板倉聖宣が21歳のときに書いた「誤謬論」によれば、誤謬に陥るのは陥るだけの理由があるのである。「子どもの間違いから学べ」という覚え書きは板倉「誤謬論」を授業に適用したものなのである。