講演の一部

1996年2月の上田サークル例会ではやった講演の一部を紹介します。Tさんが企画、Mさんがテープ起こししてくれました。

目的意識を明確に

板倉さんの『科学と方法』(季節社)には「目的意識を明確に」という論文がありますが、過保護社会にいると目的意識がなくても生きていけるから、目的意識をもたずに物事をやるわけです。だから、去年やった行事だから今年もやる。とにかく今までやったことと同じようにやる。そしてだんだんだんだん目的意識がどこかへいって、「こんなこととこんなことをやるもんだ」とみんなが思っているからやめられないのです。
これはサークルやるにも目的意識をもってやり、講演やるにも目的意識をもたなきゃいけないし、牧衷連続講座をやろうというときも目的意識をはっきりもってやらなきゃいけません。
仮説実験授業の授業書というのははっきりとした目的意識があってつくられたものなのに、その目的意識を知らない人がやってもだいたいうまくいってしまうという、考えてみればアブナイものなのです。でもそういうことをやっててはいけないんです。やはり自己責任でものごとをやろうとしたときには、「どういう目的でやるのか」ということをしっかり考えておかないといけません。
目的意識をはっきりさせたら、目標設定というものが必要になってきます。仮説実験授業では目標設定というのがあるんですね。「こういうことが満たされたら成功と言える」「こういうことが満たされなかったら成功とは言えない」となっています。じつはこれは僕が知っている物理学の方法そのものなんです。<これこれこういう実験をしたらこういう結果になるはずだ>、また<逆にこういう実験事実が出てきたら、この理論は正しいとは言えない>ということを同時に含んだ発表でなければいけない。そこまで言えなかったらそれは理論とは言えない。そういうことをディラック(イギリスの理論物理学者1902~84)が言ってるんです。(注参照)それは20世紀の自然科学、特に<目に見えない分野での物理学の方法とはどういうものであるか>をはっきりと意識していた考えなのですが、もしかしたら板倉さんも目標設定はそこから学んでいたのではないかと思っています。
最近、日清食品というインスタントラーメンを作っている会社の創業社長が書いた本を読みました。そのひとは1年かかってついにインスタントラーメンを発明したのですが、そのときにその人(安藤百福日清食品会長)はまず目標設定をしているんですね。つまり、自分が作ろうと思っている製品が満たさなければならない条件を「おいしい」「保存性がある」「便利であること」「安価であること」「安全であること」という具合に研究に取りかかる前に設定しているんです。そしてその条件を満たすものがどうやったらできるかと1年間粉まみれになってやったんだそうです。でも、普通の人はなかなかそういう目標の設定はやらないんですね。目標設定ができていなければ、つまり、どうなったら成功なのかということがあらかじめ決まっているのでなければ、がんばりようがないのです。成功しない人はがんばっていないのではなく、がんばりようがない状態に自分をおいているのです。仮説実験授業で、最初から授業がどうなったら成功といえるかという条件を前もって決めていることが、仮説実験授業をする人ががんばれる条件を作っているわけです。現代物理学では、「どういう実験をしたらどういう現象が起きるはず」ということをはっきりさせて初めてそれが物理学の理論といえるという立場をとっているからこそ、物理学者が研究をがんばってやれると考えられるのです。
「自分の教えているクラスの平均点が学年平均点よりは20点も悪いということはないようにする」という目標設定をして、「その結果どうだったか」を見ていくようにすれば、目的を達成できたかどうか判定できるんです。そうするとこれはノイローゼにならなくて済む。目標達成できなかったとしたら、「これはオレのやり方がよくなかったということが分かったから、今度はやり方を変えればいいということがわかった」ということになるわけだし、目標達成ができたら「これでいいんだ」ということになります。

(注)「一定の条件の下に置かれた特定の光子にどういうことが起こるかという問いは、実はあまりはっきりしたものではない。正確な問いにしようと思えば、この問いに関係したある実験がおこなわれたと想像して、その実験の結果がどうなるかということを尋ねなければならない。実験の結果についての問いだけが実際に意味を持っており、理論物理学で考える必要があるものもこのような問いだけである。」(ディラック著『量子力学岩波書店6~7ページ 
 仮説実験授業の理論においては、授業書作成研究の目標を「授業をしたらどうなるか」について実験方法も含めて具体的にしている。その目標というのは①子どもの9割以上がわかる。具体的には(すなわち「テストをする」という実験をしたら)テストの平均点が9割以上になる。②過半数の子どもがこの授業を歓迎する。具体的には、アンケートで授業の評価を子どもにつけてもらった場合(すなわち、アンケートを実施するという実験をすれば)過半数の子どもがこの授業をもっとやりたいと回答する。③教師自身がこの授業を楽しいと感じ、さらにやりたいと思う。具体的には、出世の役に立たず、旅費も参加費も自前で仮説実験授業研究会の大会をやっても参加者がいて、それが増加する。
の3つである。これはディラック理論物理学の理論のあり方の主張と同じものである。多くの教育研究ではこのようなシャープな目標設定をしないため、成果がなかなか上がらない。というより、どうなれば成果が上がったといえるかはっきりさせていないため、成果が上がったかどうか判定できない。