炭酸水の温度は下がるか?

生徒の質問からやってみた実験です。指数が表示できないので、判断して読んでください。
「1.013×105N/m2」は「1.013×10の5乗ニュートン/メートル2乗」と言う具合に
以下論文

炭酸水をかきまわして泡を出すと炭酸水の温度は下がるか?

1991年7月17日(水)発行
1993年4月25日(日)再発行


U高校3年生のSR君が質問に来ました。
「炭酸水を振って泡を出すと炭酸水の温度は下がるんですか。」
彼がこんな質問をしたのは,僕が授業で「炭酸水とただの水では,炭酸水の方が暖まりにくい」という話をしたからでしょう。
水に熱を与えれば温度が上がります。しかし,炭酸水の場合は,熱をもらうと泡が出るので,その時泡が出るときの仕事の分だけ内部エネルギーの増加にまわる分が少なくなって,温度上昇が小さくなる,つまり炭酸水の方が暖まりにくいというわけです。
図式化すると

●水に熱を与える→水の温度上昇(熱の分だけ内部エネルギー増加)

●炭酸水に熱を与える→泡が出るとき外の空気を押しのける仕事
  →炭酸水の温度上昇(内部エネルギーの増加は小さい)
ということになります。
渋谷君は「もしその通りだとしたら,炭酸水を振動させて泡を出せば温度が下がるはずだ」と考えたのでしょう。

彼の考えを図式化すると
炭酸水を振動させる→出た泡が外の空気を押しのける仕事をする。

この時,仕事の分だけ内部エネルギーが減る
ということになります。内部エネルギーが減れば,温度が下がるはずです。

本当に温度が下がるでしょうか。それを問題の形にしてみましょう。
[問題1]
炭酸水をコップに入れて温度を計ります。次に棒で炭酸水をかき回して出来る限り泡をたくさん出してしまい,それから温度を計ると温度は下がっているでしょうか。
予想
ア,温度計で計れる程度に下がる。
イ,下がるけれども,温度計で下がったのを確認するのは無理。
ウ,下がらない。
 エ,上がる。
さて,あなたはどう思いますか。
僕はS君に,「これはおもしろい。実験してみよう。できればいろいろな人に予想を聞いてみるとおもしろい」
と言いました。 そこで,スーパーで炭酸水を買って(1本80円位)何人かの生徒を集めてやってみることにしました。
やってみる前にサークルで予想を聞いてみました。
Aさん 「上がると思う。かき回せば,仕事をしたことになるから,ジュールの実験のように温度が上がる」
僕 「なるほど・・・,しかし,かき回す仕事なんてごくわずかで,それくらいでは温度は上がらないと思うんだけど」
Bさん 「下がるはずかもしれないけど,実際にはよほど精密な温度計でなければ計るのはむりなんじゃないかな」
C先生 「熱力学なんていわれるとわけがわからないけど,泡が出るのはアルコールを手につけたとき冷たいのと似ているような気がするから,下がる」
いろいろな考えが出てきました。
いつも自分が教えている熱力学第一法則をもとにして考えれば「下がる」という予想を立てることができます。しかし,これまで熱力学第一法則を教えてきながら,僕は,この法則を実感を持って理解することができませんでした。これまで,熱力学第一法則を使って計算問題を解いたことはありました。しかし,実際に実験で確かめたことはありませんでした。実験しようと思ってもどんな実験をしたらいいのかちょっと思いつかなかったのです。だからそんな熱力学第一法則をこんな場合に使っていいのでしょうか。計算どおりになんかいかないのではないでしょうか。「気体が膨張するとき他の気体を押しのける仕事をする」という説明は,どうもこじつけのようで気になっていました。また,泡が出るときに気体が仕事をするにしてもその仕事なんてほんのわずかなもので,それくらいで,温度計で計れるほど温度が下がるとも思えません。
しかしまた,温度計で計れるほど温度が下がるのだとすると,ここから熱力学第一法則を改めて確認することができることになり,この問題はなかなかおもしろい問題だということになります。そこで何℃位下がるかをどうすれば計算できるか考えてみました。
計算法は思いのほか簡単に見つかりました。
『たのしい授業』1983年8月号の「見えない気体をつかまえよう」(板倉聖宣)で,「炭酸水200gの中の二酸化炭素は,約2gだ」ということが出ていました。二酸化炭素の分子量は44ですから2gの二酸化炭素の体積は標準状態(0℃1気圧)で1ℓ程です。
(2:44=x:22.4よりx=1.018ℓ)
そこで200gの炭酸水の二酸化炭素が全部出ると温度はどのくらい下がるでしょうか。
このばあい,熱の出入りがほとんどなかったとすると,これは断熱変化です。ですから,熱力学第1法則より,この炭酸水の内部エネルギーは,二酸化炭素が泡となって出る時に,外の空気に対してした仕事の分だけ減るはずだということになります。このばあい泡の圧力は1気圧とすると,した仕事はPΔVです。
ゆえにΔU=-W=-PΔV=-1.013×105N/m2×1.018×10-3m3
となる。これは-1.031×102Jである。
炭酸水の内部エネルギーがこれだけ変わると,温度はどのくらい下がるでしょうか。
気体のばあい内部エネルギーは
U=3/2 ×nRT
で表わされます。
固体の場合内部エネルギーは分子の運動エネルギーと位置エネルギーの合計で,運動エネルギーの平均と位置エネルギーの平均は等しいので,U=3nRTであると考えられます。液体の場合も固体と大体同じと考えると,
(水198gは11モルだから)
ΔU=3nRΔTより
ΔT=ΔU/3nR=-1.031×102/3×11×8.31
=-0.38(K)
すなわち,0.38K(0.38℃)温度が下がることになります。


[問題2]
炭酸水をかき回して二酸化炭素のガスを追い出すと,温度がほんとに
計算どおりに0.38℃くらい下がるでしょうか。
予想
ア,大体それくらい下がる。
イ,下がっても0.38℃の半分以下
ウ,下がっても,温度計で計るのは無理
 エ,下がらない。
この問題もサークルで計算の仕方を説明してから,予想を立ててもらいました。
[実験の結果]
温度計は,1℃の目盛り間隔の大きい50℃までしか計れない温度計を使いました。コップに炭酸水をあけ,温度をはかったら27.8℃ありました。次に,割り箸でかき回して泡が出つくしたと思われるまでかき回して温度を計ってみました。その結果・・・


はじめの温度 27.8℃
かき回した後(4分後)の温度 27.5℃
もう1回やってみました。
はじめの温度 27.8℃

かき回した後(2分後)の温度 27.5℃

 温度は0.3℃下がったのです。0.1℃まで読むのがやっとの温度計を使ったことや,かき回しただけでは二酸化炭素が出切らないと思われることなどを考慮すると,この値は驚くほど,理論値のの0.37℃と一致していると言っていいのではないでしょうか。
後書き
この実験によって私自身,熱力学第一法則が実感を以て理解できるようになったと感じています。
これを授業にどう取り入れていくかは研究中です。現時点では,このままで発表し,いろいろな方からのご意見をいただきたいと思います。
この論文についてご意見がいただけたらうれしいです。
(1991年7月上田仮説サークルで発表。同7月仮説実験授業研究会全国大会定山渓大会で発表。1993年4月大幅に加筆訂正を加え,『理科教室』に投稿)