低気圧はなぜ上昇気流となるか

 この小論は、勝木渥著『物理学に基づく環境の基礎理論』を読んでいる中で長年の疑問が解けたので書いた文です。ある人に話したら、昔から低気圧が上昇気流になる理由はそこにあると思っていたとごく当たり前のことを今頃気がついたのかとあきれられた感じでした。そんなことわかっていたという人がいるにしても、私のようにわかっていなかった人も大いに違いないと思い、また、科学を教え方についての主張にもなっているので改めて発表することに意義があると考えてこのブログに再録します。

以下論文

低気圧はなぜ上昇気流となるか───長年の疑問を物理学を用いて解く試み

                         
はじめに

 高校生の時に寺田寅彦を読んで、自分が出会った問題を物理学の知識をもとに解くというおもしろさを知った。しかし、その後大学で学んだ物理学が自分のぶつかった問題を解決するのに役立つように感じたことはなかった。いつも感じているのは、自分の物理学の理解は不十分で、自分が理解している程度の物理学の知識で解けるような問題はそうはないだろうということである。身につけた知識を役立てることが出来ないと感じているとき、さらに勉強しようなどという意欲はわいてこないものである。事実、大学時代には、物理学を学ぶ意欲は非常に低くなっていた。
 これは今日の多くの物理を学ぶ高校生にも言えることである。物理を学ぶ高校生の多くが、その学んだ物理学を自分がぶつかった問題を解くのに役立つとは思っていない。この事実は、教育の仕方の根本的刷新が必要なことを物語っていると言えよう。

『物理学に基づく環境の基礎理論』で味わう考える喜び

ところが、勝木渥著『物理学に基づく環境の基礎理論───冷却・循環・エントロピー海鳴社を読むとだんだんと考えが変わってきた。この本の中ではこれまで自分が気づかなかった、しかし言われてみればその重要性とおもしろさがわかる問題がいくつも提起されている。しかも、その問題を考えると結構自分の持っている程度の物理学の知識で解けるのである。大学時代に熱力学がおもしろいと思いながら、なかなか勉強が進まず、半わかりのような状態で、とても自分の頭で問題が解けるとは思えなかったことがウソのようである。この本はそういう自分の頭が働き出すというおもしろさに満ちている。そして、頭が働きだした途端いろいろな問題に対する答が見つかったように思えてきて、いくつかの覚書をまとめる気になった。そういう点で、この本は物理教育学的にも注目に値する本であると思う。
そうした中で気がついた問題について論じてみようと思う。

低気圧はなぜ上昇気流になるか

中学生の時の疑問

昔中学で低気圧について学習した。低気圧は空気が薄い状態であるという。これはわかる。そこには周囲から空気が吹き込むという。これもわかる。そのとき北半球では左回りの渦になるという。これはよくわからなかったが、そんなものかと受け入れた。
わからなかったのは、低気圧では上昇気流が生ずるということだった。まわりから空気が吹き込めば、低気圧は次第に気圧が高くなりだんだん弱い低気圧となり、ついには低気圧は消えてしまうのではないかと思った。ところが、低気圧が発達することがしばしばある。これはどうしたことか。説明によると、低気圧は上昇気流となるという。これならいくらまわりから空気が吹き込んでも低気圧は弱くならない。しかし、なぜ低気圧では上昇気流となるのだろうか。これが中学生の時にわからなかったことである。
中学生の時の自分は何に引っかかったのだろうか。
このときの説明が、すでに知られている法則や事実をもとにして説明してきたにもかかわらず、「それでは、低気圧はだんだん弱まるはずだ」という、同様にすでに知っている法則や事実を論理的につなげて出てくる考えに対して、何の説明もなく天下り的に「低気圧では上昇気流になる」と押しつけられたことが、納得がいかないと感じた理由だったと思う。「まだ中学生には理解するのが難しい説明になってしまうから、結論だけを教える」という手法で教えられる時は、考えることをあきらめて覚えようとしただろうと思う。しかし、考えて答が出て来るかのごとき説明の最後の方で「低気圧では上昇気流になる」と説明されたので、自分の頭を使って考えたのが無駄になったように思えて反発したのだろう。
 この疑問は長いこと自分の頭の中に引っかかっていた。気象学などの専門家の中では当然すでに説明されていることだろうと思っていたのだが、それを調べてみようという気にまではならなかった。

物理学に基づく解答

問題を解くのはとても簡単だった。
 低気圧というのは、同体積の中の分子の数が少ないということである。そうすると当然その質量は小さい。同体積で比べて軽いということは密度が小さいということである。それなら周囲のそれより重い空気の中では当然浮力を受けて上昇することになる。これが低気圧では上昇気流になる理由だったのである。簡単すぎて、恥ずかしいくらいだが、これが40年近くも疑問に思いながら解けなかった問題なのである。気象学の知識など必要なかった。
 そういえば、昔、低気圧であるかどうかは空気の平均の気圧1013㍊より大きいか小さいかではなく、その周囲の気圧より高ければ高気圧、周囲の気圧より低ければ低気圧であると教わった。1013㍊より気圧が高いけれども低気圧ということがあるというのである。これは天気予報を注意して聞いていると時々あることである。気圧が高くても低気圧であれば、浮力によって上昇気流となるから、雨が降ったりしやすい。天気を判断するには、気圧の絶対値が高いか低いかではなく、周囲より高いか低いかで判断すべきなのである。
 高気圧では、同体積の中に分子がたくさんあるから、重い空気ということになる。そうすると、高気圧では下降気流になる。高気圧の部分が下降し、低気圧の部分の大気を押し上げているのである。高気圧では大気が下降するときに断熱圧縮され温度が上がる。湿度100%に近い大気も温度が上がれば湿度が下がる。これが、高気圧では晴れる理由なのである。
 台風が近づくと暑くなる。これはよく知られている現象である。台風は低気圧である。当然そのまわりは高気圧である。台風が近づくときは高気圧の状態であるから、下降気流となり温度が上がる。これが台風が近づくと暑くなる理由である。
 台風一過でなぜ晴れるか。台風が通り過ぎれば、その後に来るのは高気圧である。晴れるのは当然である。