戦後とはどういう時代か

1988年3月19日の牧衷さんの講演の一部を紹介します。
この講演はガリ本『教育改革の展望』第6集(1989年4月)に収録され、その後『牧衷連続講座記録集』Ⅲに収録されました。
【要旨】
 アメリカのニューディール政策はその効果がはっきりしないうちに戦争が始まり、戦時経済になってしまった。ニューディール政策を推進しようとした人たちが戦後の日本でニューディール政策の実験をした。
【最近の新聞の投書】
 2月15日の朝日新聞の投書欄に81歳の人の「消費増税より資産に課税を」という投書が掲載されていました。資産に手をつけないという前提であれば財源がないという話になりますが、財産税を導入すれば財源は十分あります。日本でも戦争直後に財産税があったことを知るべきでしょう。

以下講演

9.占領軍はなぜラジカルな戦後改革を遂行したか
          ――ニューディール派の政策

 この戦後改革は、日本では特殊なことに日本人がやったんではない。日本人自身が出した改革案は、占領軍が出した改革案に比べてきわめて不徹底なものです。たとえば、農地改革については農林省の役人は昔から手を焼いています。これは、ひどいってこと良心的な農林省の役人はみんな知っている。だからなんとかしたいと思っていた。地主征伐したいってことは、農林省の役人が一番熾烈に考えていたかもしれない。その役人が戦後作った農地改革案は、地主の上限を5町歩としたんです。占領軍は「生ぬるい」って言って「1町歩」って命令したんです。
 それから財閥解体。これもすごいです。日本人が出したどんな改革案より、占領軍の出した改革案の方がずっとラジカルだったんです。
 何でそんなことになったのか。そんなラジカルな改革を占領軍がやるなんて、ちょっと考えられない。ところが、これは占領軍の中に2つの系統があって、けんかしていたんです。戦争中のルーズベルト政府の経済政策を立案していたのは、ニューディール派の人たちです。これは理想主義者です。要するにケインズの理論で経済を公共投資をして、有効需要を刺激して経済のパイを大きくしようと。この人たちは独占禁止に熱心です。社会政策にも熱心です。要するに有効需要作れるわけだから。失業者がいて購買力が減っちゃうからだめなんだから、失業者の対策のためにはたとえ今出来ている道路をぶっ壊してまた全く同じ道路を作るんでもいいんだとケインズは言っています。失業者に職を与えれば失業者がもらった賃金を使うんだから、経済のパイが大きくなってよくなるという議論です。日本でそれに似たこと言ったのは高橋是清2.26で殺された。
 ケインズでやった人たちはTVAですね。占領軍は武官だけでは出来ない。文官が要ります。そのニューディール派の連中がやる。明治維新をやってのけた日本の理想主義者たちが理想的にしようってんで空想的であるかもしれない位理想的なヨーロッパの制度どんどん持ち込んじゃった。そのために日本がズバッとよくなっちゃった。
 例えば教育。ヨーロッパのどの国でも初等教育が義務になっているところなんてなかったんですよ。それを日本はやっちゃった。明治の金のない時に。国民は反対する。それまでは労働力なんだからそれを学校へ持って行かれたら労働力にならないでしょ。今まで飯焚きだって子守だって出来たのがいなくなっちゃう。それを学校に取られる。青年を兵隊に取られる。税金を取られる。国民はたまらねえっていって反対したのです。学校作るのは村の反乱の原因だったのです。金がないから村に負担させるので大変だった。でもそれをやっちゃった。それがその後の日本の経済的発展にどれくらい役にたったかわからない。
 そういう理想主義と同じような理想主義をニューディール派がやっちゃった。マッカーサーは右だけど社会問題については素人だから、アメリカは職務権限についてははっきりしていますからマッカーサーといえどもそんな所に口は出せないわけです。それは占領軍の中でものすごい喧嘩があるんです。もう一方は対ソ連戦のことしか考えていない。ニューディール派は理想主義の実験を自国で出来ないから日本でやったような感じ。やってもらったほうがとくしたんだ。

――日本は得したんですか?

牧 得したんです。僕は「占領軍反対」のデモを先頭きってやった人間ですが、その中のニューディール派に対しては手合わせて拝みたいですよ。だって日本の憲法押し付け憲法って言うでしょ。その時出た各政党の憲法草案は共産党の空想的憲法以外、最左翼にいるのが占領軍の憲法です。後は社会党含めて全部それよりずーっと右です。これなら新憲法に決まるの当り前じゃないか。何が押し付けか。その当時の新聞に出ているから図書館に行って調べてくれば分かります。日本共産党の草案はそれなりにラジカルなものですが、少数派でとても当時の日本人の心は捕えられない。だけどもこの新憲法は日本人の心を捕えなかったかというと、そんなことはなかったんですね。それに対して、共産党天皇制がどうのこうのとか、軍備がないのはけしからんと批判するんですね。

――日本の国を守るための軍隊は必要だけど、今の自衛隊は他の国を侵略するための軍隊だから反対。

牧 今の日本が侵略する軍隊を作ったらどのくらいのお金かかるかね。もう大型間接税反対どころの騒ぎじゃないですよ。大変な税金払わなければならない。さすがに左翼より現実政治をやっている人の方が頭がいいから(笑い)吉田茂は断固としてそれを利用しましたね。だって軍備の負担からのがれられれば経済的発展は目に見えているんだもの、みんな働く気になりますよ。目の見える経営者だって「いやー、軍備の重荷がなくなった」とね。
 軍備は再生産の過程に入らない。無駄なもの作っているでしょ。作ったものが消費されてはじめて還元されるでしょ。ところが武器を消費するってことは戦争するってことです。捨てているだけです。価値として実現しないです。だからインフレになります。使用価値として実現されなきゃいくら労働したって価値を産みません。
 日本は戦後穴掘って埋めて穴掘って埋めてをやったんです。失業対策として。「ニコヨン、ニコヨン」って言って1日の日給240円。都市にいる大量の失業者に道路の修理や焼け跡の片付けとか最後は草むしりです。1時間か30分働くと1日の仕事おわっちゃうんです。それに1日分の日給払っていたんです。それは無駄なようだけど、そうでないと大量の失業者が出て失業者は何も消費しないから、むしろ日給払って使ってもらった方が国の経済にいい。ただでくれると働かなくなっちゃうからね。これは、ケインズの理論に通じる極めてうまい日本的表現したのが高橋是清ケインズ以前の人ですけどね。

 「たとえばここに2000円の金がある」議員に説明しているんですよ。「この2000円の金をふところに持っていたら2000円でしかない。しかし、あなたが待合いに行って芸者をあげて2000円を出した。そしたら芸者も板前も女将もお金をもらえる。その人達はその金で何かを買うんだ。そうすると2000円はここに持ってりゃ2000円だけど、あなたが使うことによって社会的に使うことによって2000円が3000円にも5000円にも回っていくんだ。だから使いなさい」とかなり強烈なことを言う人だから「あなた方は間違っている。貯めたらいいと思っている」貯めたお金を銀行に預ければ銀行が使ってくれる。お金ってのは天下のまわりもの。回ることで役割を果たしている。どこかにストックされちゃったらだめ。
 いずれにしても日本の戦後の改革をやってくれたのはまさに占領軍だったのです。
 ところがこれは非常に具合の悪いことなんですね。日本人がやってないから。それで左翼の方は反占領軍だから占領軍のやったことを高く評価すると自家撞着になっちゃうんです。だから高く評価出来ない。で「まやかしだ」なんてことばっかり言っている。