『物理学にもとづく環境の基礎理論』勝木渥著の書評

以前書いて『物理教育』48巻1号(2000年3月)に掲載された書評の一部を掲載します。原発についても、大きな観点からどう考えたらいいかについて的確に書かれています。一読をお勧めします。
(書評) 『物理学に基づく環境の基礎理論 ― 冷却・循環・エントロピー ― 』
環境を考えるときの基軸概念 ― 物質循環とエントロピー
 今日、多くの人は環境問題について強い危惧意識をもっている。しかし、危機意識だけでは環境問題を解決することはできない。
 環境を考えるときの基軸概念は何だろうか。勝木氏はそれを物質循環とエントロピーであるとしている。環境問題についての多くの議論がこの視点をもっていないために見当違いの方向にいきつつあることを氏は危惧しているのである。この本の大きな特徴は、環境問題を解決するための前提条件を物理学をもとに解明していることである。
  物理教育の危機 (略)
  物理研究者の問題意識 (略)
  考えるに値する問題の提示
 勝木氏はこの本で、「いかなる問題が解くに値する問題か」という点を明確に示しながら話を進めている。これまで気づかなかった、しかし言われてみればその重要性とおもしろさがわかる問題がいくつも出てくるのである。(たとえば「なぜ生きていくために水が必要か」「なぜ植物がせっかく根から吸った水を気孔から水蒸気にして捨てているのか」など。)
 こうした「考えるに値する問題」が次々に提示されると、不思議なことに頭が働き出してくる。自分で考え出した答を、著者の説明と比べてみるという楽しみのために、ついつい読み進んでしまう。これは、物理教育学的にも示唆するところが多い注目すべき本である。
読み方の秘訣 ― 数式を読まないこと
 この本を手にした多くの人の感想は「難しそう」である。そして「エントロピーがわからないのでこの本は読めそうもない」という人が多いようだ。
しかし、この直観的判断は当たっていない。
 かつて、長野県の高校理科教員の研究会で、環境問題についての講演会を企画し、勝木 渥氏に講演を依頼したことがあった。その企画のとき、ある生物の教員が、「エントロピーとかいって難しい話を聞かされるのはごめんだ」と発言した。この発言を伝え聞いた著者は「僕の話は生物学科の学生にすごく受けているんだ」と語った。当日の講演はその生物の教員の心配は杞憂に終わり、大変わかりやすいと評判だった。
この本は、信州大学理学部の2年生を対象にした「エントロピーと物質循環をもとにした (環境理解のための―勝木補筆) 物理学概論」の講義ノートと、著者が高千穂商科大学で文科系の学生のために行った「環境科学」の集中講義の講義案がもとになっている。
文科系の学生を対象にしたものなので、数式は出てくるが、とばして読んでもわかるようになっている。多くの読者にとって出てくる数式はあまり関心がないであろう。この本を読む秘訣は数式を読まないことにある。数式を読まなければ、書かれていることは大変わかりやすい。しかも読み進むにつれてその革命的ともいうべき内容に驚きを禁じえないであろう。これはまことに野心的な本というべきである。環境について考えようという人、物理教育のあり方を考えようという人には、是非この本を読んでいただきたいと思う。
渡辺規夫氏による書評への勝木の感想
私は、学問をする私の姿勢として、次のことを心掛け、志している。
このような時代の中で,学問を業とするものは,何をどのようになすべきなのか。
  人々がそれに基づいて自分の頭で考えて判断を下せば,もっともらしさの仮面をかぶったインチキを立ち所に看破できるような思考の基準,
あるいは,人々が混沌とした錯綜した事象に直面したとき,それに基づいて自分の頭で考えて判断を下せば,常に厳密に百発百中の正解を与えるとまでは行かないものの,十中八,九は,当らずと言えども遠からずの,妥当な判断に導きうるような,そして,決して大間違いの判断には導くことのないような,人々が自力で使いこなせる思考の基準を,
学問的基礎に基づいて,確立し,それを明晰に人々の前に提示することを,右顧左眄することなく敢然と,なすべきである。
渡辺氏が書評の末尾に
この本を読む秘訣は数式を読まないことにある。数式を読まなければ、書かれていることは大変わかりやすい。しかも読み進むにつれてその革命的ともいうべき内容に驚きを禁じえないであろう。これはまことに野心的な本というべきである。
と書いたことは、まさに私の上述の「心掛け・志」を鋭く読み取ってくれたものであり、我が意を得たものであると感じて、渡辺氏の書評の特にこの部分がとても気に入っている。