書評『熱学外論』

1995年に「教文理科研究会だより」に掲載した原稿です。
槌田淳さんは「地球温暖化は世紀の暴論」として、地球温暖化防止の取り組みを批判しています。関良基さんは、この槌田淳さんの論をブログで批判しています。今日私がこの槌田さんの本を再読したらどう思うか、自分でもわかりませんが、当時の文章を掲載することにします。

理科の教員に薦める本
槌田 敦著『熱学外論──生命・環境を含む開放系の熱理論』
朝倉書店 2781円

著者は理化学研究所の研究員の理論物理学者で20年ほど前に「資源物理学」を提唱し,環境問題の基礎の基礎を熱力学的に論じた論文を発表した。『資源物理学入門』(NHKブックス)という本も書いている。環境問題はにいろいろな議論があるが,「環境とは何か」ということがはっきりしないいまま,議論している人も少なくない。環境教育の必要性も叫ばれているが,何から手をつけたらいいか,迷っている人も少なくないと思われる。
この『熱学外論』は,著者が大阪大学の工学部でやった集中講義をもとにした本で,環境問題の基礎の基礎を明快に解明している。第1部は熱力学であるが,自然界における物質循環を熱機関として論じており,物理の授業を進めていく上でも参考になる記述が随所に見られる。第2部では応用編として,物質循環における鳥の役割を論じ,物質循環ができなくなるとどうなるかを豊富な例で説明している。著者によると,地上の栄養物質(肥料も含む)は重力によって絶えず海に流れ込んでいる。だから地上は早晩貧栄養状態になり,生物は生息できなくなる。地上に生物が生存し続けているということは,現在海の栄養物質を地上に運びあげる仕組みがあるはずだということになる。それは何なのだろうか。著者は鳥がその役割を果たしているという。この点については,もう少し勉強してみたいと思うが,著者の説明は説得力がある。
世界の文明は自然条件に恵まれた人間の住みやすい場所に生まれた。ところが,現在その場所は,自然条件が悪く人間は住んでいない。ほとんどが遺跡となっている。(現在もよい条件にあれば都市になっていて,遺跡にはならない)これはなぜなのだろうか。著者はこれを物質循環の停止から説明している。そうだとすると,現在の日本の都市も世界の遺跡と同じ運命にあることになる。それを防ぐにはどうしたらいいだろうか。著者は物質循環が豊富になった数少ない例として江戸時代の江戸を挙げている。江戸においては,江戸湾の魚を人々が食べ,その排泄物が江戸周辺の畑で野菜を作るのに用いられ,その野菜をまた江戸の住民が食べるという物質循環ができていた。江戸時代のはじめには,草木も生えなかった武蔵野が江戸の人口が増えるにつれて急速に草木の育つ場所に変わったが,それは江戸とその周辺との間の物質循環が豊かになったためだという。
この本は物理の専門の人だけでなく,すべての理科の先生に読んでもらいたい本だと思う。いや,理科以外の人にも読んでもらいたい。この本は決して難しくない。これまでも何人かの人に薦めて読んでもらったが,物理以外の生物や英語の先生も「わかりやすくておもしろい」という感想であった。また,質問に来た高校生にこの本を紹介したところ,早速読んで来た。「数式はわからないところもあったが,数式がわからなくても文章だけでもわかるように書いてあったので読んでよくわかった」というのがその生徒の言葉である。