紹介図書『勝海舟と明治維新』

K高校生徒会図書委員会に頼まれて書いた紹介図書についての文を掲載します。板倉聖宣さんの『勝海舟明治維新』を紹介しました。

以下、紹介文
紹介図書『勝海舟明治維新
 青年期にどんな本を読んだらいいか。私が日頃から読書指針として勧めていることは「歴史の大きな流れを把握する本」と、「ある見事な生き方をした個人の伝記」を読むことである。アメリカ人で見事な生き方をした人といえばフランクリンということになるだろう。『フランクリン自伝』は生きる勇気と知恵を教えてくれるだけでなく、「アメリカとはどういう国か」を知るための必読書と言えよう。
 日本人で見事な生き方をした人として、だれを挙げたらいいだろうか。私は勝海舟を挙げたいと思う。
 これまでの勝海舟の伝記や歴史小説での説明では、彼の何がすばらしいのかがわからない。勝海舟は卓越した精神力の持ち主であったため、時代の変わり目に的確な判断をし行動できたのであると説明されてきた。
 この本はこうした疑問に解答を与える新たな視点から書かれている。最下級の旗本の家に生まれ、まったく無名だった勝麟太郎を高く買って、密かにさまざまな支援してくれた渋田利右衛門という商人にスポットライトを当てている。またなぜ彼が困難を乗り越えてオランダ語を独学したかについても解明している。
 「明治維新をどうとらえるか」は、「現代という時代をどうとらえるか」ということと密接に結びついている。著者はこれまでの歴史学における明治維新のとらえ方に異議を唱え、その見解を多数の著書や論文で発表してきた。この本はその歴史学研究の成果の上に立って書かれているので、明治維新のとらえ方についても大いに学ぶところがある本である。
 昨今、多くの人は現代を希望の持てない時代と感じている。しかし考えてみれば、幕末においても多くの人はその時代を希望の持てない時代と感じていた。その中で、勝海舟を代表とする時代の先覚者たちはその時代を大いに希望の持てる時代ととらえていた。そして、歴史が証明しているようにそのとらえ方が正しかったのである。
 歴史から学べば、多くの人が現代を希望の持てない時代と感じているのは「現代とはどういう時代か」ということについての現状分析が誤っているからなのではないかと考えることが出来る。私見によれば明治維新のとらえ方の誤りが現在の多くの現状分析の誤りのもとになっているように思われる。誤った現状分析をもとにした方針でやってもうまくいかない。今、政治、経済その他もろもろが八方ふさがりで的確な方針が立てられないのは、間違った現状分析をもとに考えているからではないか、正しい現状分析をもとにすれば現代が大いに希望の持てる時代であることがわかるのではないかと考えることができる。
 この本を読むことで生徒諸君の現状分析のしかたが変わり、意欲的に生きることができるようになることに期待したい。
 なお、勝海舟は小国主義の立場に立っており、日清戦争に反対したことはあまり知られていない。内村鑑三日露戦争の際、「戦争反対」を主張したことはよく知られているが、その内村鑑三日清戦争に賛成したことはあまり知られていない。福沢諭吉日清戦争に賛成であった。時代を見る眼を持った人とそうでない人との違いがここにある。