自然科学的見地からの草津名物案内

 草津温泉で忘年会をやることになりました。草津を自然科学的見地から紹介する文章を書きました。その文章を再録します。この画面では水の化学式がH2Oのようになってしましました。2を小さくすることができませんでした。判断して読んでください。また、資料には、湯畑、白根山の湯釜などの写真もはいっていましたが、ここにコピーしたら消えてしまいました。
 急遽書いたので自然科学的間違いを含んでいるかも知れません。気がついた人はご指摘いただけるとありがたいです。

自然科学的見地からの草津名物案内
2007年12月28日
                                   
西の河原露天風呂──プールのような風呂の中に太古の生物
 ホテルから500mくらい。プールのように大きな風呂。それだけでも入る価値あり。
 風呂の底を見ると緑色のコケ?藻?がある。こんなに熱い湯の中で生きているのが不思議のようだが、実はこれはラン藻が初めて光合成によって酸素を大気中に放出するようになる前の生物です。酸素がない時代にどういう生活をしていたのでしょうか。
 大部分の光合成は「酸素発生型光合成」と言って、
水H2Oを分解して酸素を放出しています。
 6 CO2 + 12 H2O → C6H12O6 + 6 H2O + 6 O2

 かつての地球には(30億年以上前)このような光合成をする植物はないため酸素はありませんでした。(酸素は活性が大きいので仮にあってもすぐ他の物質と化合してしまう)
 当時は水ではなくH2S(硫化水素)を分解してイオウ(S)を放出する光合成が行われていました。硫化水素というのは「腐卵臭」というように卵が腐ったときにのにおいがします。タマネギも腐ると硫化水素を出します。あの臭いが硫化水素です。有毒物質です。温泉のにおいというのはこの硫化水素です。(10円玉をピカピカに磨いて持って行くと、温泉地ではしばらくすると黒ずんでしまいます。これは硫化水素のはたらきです。)
 この露天風呂のコケ?は、その30億年以上前からの生き残りの生物です。
緑色硫黄細菌と言って
 6 CO2 + 12 H2S → C6H12O6 + 6 H2O + 12 S
という反応でイオウ(S)を排出します。周期表を眺めると酸素(O)とイオウ(S)は縦の列が同じです。とてもよく似ているのです。
 なぜ硫化水素利用型の生物が衰えて水利用型の生物が主流になったか、それは生物の先生に聞いてください。
 「硫化水素などという有毒物質でその藻が死んでしまわないのか」もっともですが、酸素だってもともと大部分の生物には猛毒物質だったのです。それを役立てるという変な生物が現れ(われわれもその変な生物です。)地球を制覇してしまったのです。硫化水素は私たちには猛毒ですがこのコケはそれを利用しているのです。
 この露天風呂に入ったらコケをながめると30億年の歴史が実感されて生物学の学力がグンと向上します。(?)水泳と生物と休養が同時にできるのがこの温泉です。
[注意事項]タオル持参のこと(売っているが高い)

湯畑──草津の名所で化学反応式の学習
 白根山に行くとあちこちで湯気が立っています。水蒸気もありますが、おもに硫化水素と二酸化イオウです。これが一緒に穴から吹き出すと
 2H2S+SO2 → 2H2O + 3S
と反応して固体のイオウ(S)ができてしまいます。
 白根山の湯釜の周辺などあちこちにイオウが見られるのはこのためです。湯畑でもこの反応が起きていて、湯の流れている川底に絶えずイオウが析出しています。そのためイオウの層はだんだん厚くなります。景色としても壮観ですが、化学式を思い浮かべるとそのおもしろさが倍増します。(ホント?)
[注意事項]記念撮影に最適

白根山の湯釜──世界一の酸性度の湖
 硫酸のPH3くらいの水溶液の湖です。世界で酸性度が最も高い湖です。二酸化イオウが水にとけ、亜硫酸になり、空中の酸素と結びついて硫酸になったものです。イオウをたくさん見ることが出来ます。昔は湖のそばまで入っていきましたが、現在は柵があって入れません。
[注意事項]冬は行けないのではないかと思います。

明礬屋──江戸時代に突如明礬が滲み出して来た
草津への途中に明礬屋(みょうばんや)という屋号の家があるということです。突如明礬が出てきて江戸幕府に明礬屋をやることの許可を願い出て許されたということです。これは硫酸と粘土が土の中で勝手に化学反応を起こして滲み出して来て再結晶したものです。自然界には純物質はほとんどなく、ほとんどが混合物ですが、これは自然に出来た純物質です。化学のはじめに明礬を取り上げたらどうかという構想を20年も前から持っているのですが、なかなか・・・
 今、明礬はスーパーに売っています。ナスの漬け物の色をよくするということで使われています。かつては媒染剤として染め物をするために欠かせないものでした。明礬から見た歴史もおもしろいかも知れません。
 ただし、私は明礬屋を2度ほど探してみましたが、見つかりませんでした。機会を捉えて探してみようと思っています。
イオウの鉱山
かつてはイオウがごろごろしていて拾えましたが、現在は自動車立ち入り禁止です。
[追記]
 「なぜ硫化水素利用型の生物が衰えて水利用型の生物が主流になったか、それは生物の先生に聞いてください。」と書いてあるのを見たMNさんが調べて教えてくれました。一言で言うと「硫化水素は少ししかなかったが、水はたくさんあったから水利用型の生物が主流になった。」のだそうです。ありがとうございます。調べるとおもしろいこと楽しい知識がいくらでもあるんですね。