板倉さんの見舞い

8月4日に板倉さんのお見舞いに行って来ました。思ったより元気でした。降圧剤を飲んでいることもあって、血圧が低く高い方の値が80~88で、80くらいになると眠ってしまいました。面会時間は2時から8時。2時半くらいに行きました。行ったのは多久和さんと私、それから板倉研究室を訪問してきた上田博和さん。古くからの仮説実験授業研究会の会員で三浦つとむの研究者、国語の先生です。病院に行くと玲子さん、次女のわかはさんがいました。ネットオークションで手に入れた1974年の『科学朝日』の板倉さんが書いた文章の一部を読んで聞いてもらいました。板倉さんの原稿としては新発見です。板倉さんは『科学朝日』の方に手を伸ばし、手に持って眺めていました。途中で科学史学会の八木江里さんが見舞いに来ました。板倉さんの1歳下というけれどとても元気でした。さらに黒田康夫さんが高1の息子さんと見舞いにきました。川崎のフェスティバルで来たら、小林光子さんに見舞いに行ってほしいと言われたそうです。帰るときには廊下で群馬の森下さん、川島さん、仮説社の川崎さん、平野孝典さんが見舞いに来るのとすれ違いました。さらに東大自然弁証法研究会の人が来ると言っているとのことでした。お嬢さんの話では家族だけだとすぐ話題がなくなってしまう。色々な人が次々に来ると、いろいろな話が聞けて、脳のリハビリになっているようだということです。最後に板倉さんと握手して別れました。ものが自分で食べられるようになれば、リハビリ専門の病院に転院することになるということです。玲子さんの負担は相当のものと見受けました。都合の付く人は見舞いに行くことをお勧めします。