静力学をどう教えるか

20年以上前に県教研で発表したレポートを掲載します。
FM←AとなっているのはMと矢印とAは右下につける添字ですが、このブログ上では小さい文字にできなかったので、その点を承知の上お読みください。
その後の研究により、《ばねと力》と兄弟関係にある授業書案《ものはみなばね》で授業しこれ以上の成果を挙げています。

静力学をどう教えるか      

                      県教研理科分科会レポート 
1.この研究の目的
 静力学の基本法則を高校生に定着させるにはどうしたらいいかを明らかにする。
2.静力学を教える目的
①《力の原理》の定着
②力学的自然観の確立
 力の原理を覚えさせることは簡単であるが、生徒がいつでも力の原理を使って考えることができるようになることは簡単ではない。力の原理をとことん使うと、抗力を発見せざるをえなくなる。論理的には抗力の存在は説明できるが、それをイメージ豊かにとらえるためには、物体のばね的イメージが必要になってくる。また、針金や糸もばねと同じ性質を持つことと、力の原理から「張力は途中で弱まることなく伝わる」ということを導くことができる。これらの教育内容をまとめると次のようになるだろう。

3.教育内容

静力学の基本法

 物体Mがある物体Aから受ける力をF M←Aと表わすことにする。
(1) 物体Mが受ける地球の引力の大きさは質量に比例する。
    FM←地球=gm(mは物体Mの質量、gは比例定数)

(2) 力は物と物との相互作用である。「何が」「何から」受ける力であるかに注目しよう。
  物体Aと物体Bとがお互いに力を及ぼしあうとき、
    FA←B=-FB←A(作用反作用の法則)

(3) 力の原理
  物体Mについての運動方程式(この段階では、物体Mが動き出すか静止したままでいるか)は、物体Mが他の物体から受ける力によって決まる。物体Mが他の物体に及ぼす力(=他の物体がMから受ける力)には無関係。
●物体Mがはじめ静止していた場合
a.物体が力を受けると物体は力の方向に動き出す。
b.物体が反対向きの2つの力を受けていて、一方の力の方が大きければ、物体は大きな力の方向に動き出す。
c.物体が反対向きで同じ大きさの2つの力を受けている場合、物体は静止したままである。
    FM←A+FM←B=0 ならば、Mは静止したまま
   (力のつりあい)
(4) 力の大きさをはかるには、ばねばかりを用いる。
ばねが物体Mに及ぼす力の大きさは、ばねの伸びまたは、縮みxに比例する。
     FM←ばね=kx(kはばね定数)

(注)一般的には弾性変形の大きさが力の大きさに比例することを用いて力の大きさをはかる。

○力が見えるようになるには
  ・論理の力と経験・感覚をフルに働かせる。
  ・一人ではだめ。討論によって自分の論理を鍛える必要がある。

静力学学習上の留意点

①力は物と物との相互作用である。
   相手のない力はない。力に《片思い》なんてない。三角関係ならザラにある。特に、はじめのうちは、必ず「《何が》《何から》受ける力」ということ。我流はだめ!

②力は接触していない限り働かない。……【力の見つけ方その1】
 接触している物体から受ける力だけを考えればよい。
例外……重力(電気力・磁気的力)見落としやすいので最初に考える。

③《力の原理》を使って考えよう。……【力の見つけ方その2】
   《力の原理》を使わないと力が絶対に見えない。

④重力を基準にして力を考えよう。
  人間の力を基準にすると、感覚的にはとっつきやすいが、泥沼にのめりこむ。はじめのうちは、必ず「物体が地球から受ける力」というように言おう。

⑤重力と質量の区別をする。→《重力と質量の話》参照
   力の単位と質量の単位の区別

⑥物体のばね的性質(ミクロ的イメージ)……【力の見つけ方その3】
   われわれの目には感じ取れないごく小さい変形であるにせよ、力を受けた物体は、ばねと同じように変形している。
→このイメージを働かせながら、物体に働く力を考えよう。

4.教材について
 これまでの自分自身の経験から判断すれば、仮説実験授業の授業書《ばねと力》を使って授業をすれば、静力学の基本法則は定着すると思われる。このことはこれまで発表された多くの授業記録からも裏付けられている。
 しかし、仮説実験授業をするのは時間がかかるという問題点があり、また、高校生は「レベルを下げた」と感じて拒否することも考えられる。そう考えるとなかなか授業できなくなってしまう。
 しかしまた、よく考えてみると、《ばねと力》の内容は易しそうに見えるだけで、実際は非常に高度である。(自分自身、腑に落ちるまでに3年くらいかかった)それに生徒が拒否するかどうかはやってみなければわからない。むしろ生徒は歓迎するように思える。そこで、とにかくやってみることにして、生徒の意見を聞いて、拒否している生徒が多いようなら方針転換しよう。そう考えて《ばねと力》を授業書どおりにやることにした。(ただし、時間の都合で第5部はカットした)

5.授業の具体的目標
 ①過半数がこの授業を楽しいという
 ②テストの平均点が9割以上
 ③教師自身が楽しい。

6.授業する前の予想
 3つの目標はいずれも達成できるだろう。しかしちょっと心配。

7.結果
 3つの目標はいずれも達成できた。
 ①授業後のアンケートで94.7%の生徒が「大変楽しかった」か、または「楽しかった」と答えた。
 ②一斉考査の問題の一部に《ばねと力》をやったら出来るはずと考えた問題を出題した。基本的な問題の正答率は97.9%、やや応用的な問題の正答率は86.2%、両者合わせた正答率は95.2%だった。もっと高度な問題については未調査である。また、ここでの考えがどの程度、動力学で使えるかは、これからの課題である。
 ③来年も、同じように授業したい。
【結論】
 静力学の基本法則を教えるには、授業書《ばねと力》を使えばよくわかるように教えることができ、生徒にも歓迎される。