貨幣改鋳の意味

牧衷さんの談話を紹介します。(未発表)

牧衷談話 貨幣改鋳の意味
 「社会の科学」関係の授業書には、歴史や経済についての予備知識がないと、ちょいと危ないかなというのがあるなとも思います。
 たとえば、江戸時代の金貨改鋳の話、今のままだと改鋳してもうけようとした幕府は悪い奴で、民衆がその悪だくみを許さなかったというような、これまでの常識にのっかった話になりかねません。
 貨幣経済が拡大し、貨幣による経済活動がさかんになれば、当然のこととして貨幣に対する需要が増加します。この需要に対応する貨幣の供給が行われなければ、当然貨幣の価格は上昇し、(貨幣もまた商品、ただし貨幣の価格上昇は物価の下落として現れます)いわゆる金づまりが生じて経済活動はひどい打撃を受けます。(要するにデフレ恐慌が起こるわけです。)
 徳川も綱吉のころになると、国内の金・銀の生産は著しく停滞して従来どおりの金含有量で小判をつくっていては貨幣需要に応じきれなくなります。こういう条件の下でデフレ恐慌をおこさぬようにするためには、貨幣の価格上昇分に見合うだけ貨幣中の金含有量を減らすのが正しい科学的解答です。(金含有量を減らして小判を増発する目安は、下落した物価が旧に復するまで)
 綱吉のころには改鋳するのが正しかったのです。だからこそ改鋳によってデフレ基調の不景気が好況に転ずるのです。(このことは近世経済史家がこぞって認める歴史的事実です。)
 ただ、改鋳は麻薬で、貨幣の発行元は濡れ手に粟式に資金調達が出来るので、小判の価格上昇分以上に金含有量を減らす誘惑に勝てない。そこで当然貨幣の価格は物価下落分(貨幣の価格の上昇分)を越えて下落し(貨幣の供給過剰)金あまり状態が生じ、景気は堅調な好況を越えてバブル景気となり(主な投機対象は米)遂にバブルがはじけて吉宗の享保の改革を迎えることになります。
 とはいえ、綱吉の勘定奉行荻原重秀が、あのとき改鋳をやらなかったら、絢爛たる元禄文化の開花はなく、元禄時代はひどい不況の時代として歴史に残り、後世の経済史家から改鋳をすべきであったのにしなかったことを非難されることになったでしょう。
 グレシャムの法則というのは、その本質において「貨幣の価格」に関する法則です。ただ、「悪貨は良貨を駆逐する」という法則ではないのです。だから「グレシャムの法則」の文字面を追って、徒に金の含有量だけを問題にするのは、グレシャムの法則を正しく理解させることにはなりません。
 本家本元のイギリスで、当のグレシャムさんがポンド金貨の金含有量を増やして「良貨」をつくったとき、イギリス経済はどうなったでしょうか。イギリス経済の支柱だったアントワープでの羊毛輸出は激減します。当たり前です。グレシャムの「貨幣改革」によってポンドの国際価格は急騰して一挙に3倍にもなり、アントワープの貿易商は同じ1ポンドで従来の3分の1の羊毛しか手に入らなくなりました。誰がイギリスの羊毛を買うか。イギリスの羊毛輸出は壊滅状態。経済の支柱を失ったイギリス経済は大停滞、イギリス国民は大迷惑を蒙ります。(これも有名な歴史的事実です。)
 このときのイギリス経済の混乱は、アレヨ、アレヨと円高が進んで現在の為替相場が1ヶ月ほどの間に1ドル40円になったまま何年かその状態が続く、となったときの日本の状態を想像すればよくわかるでしょう。日本の製造業は分野を問わず軒並み倒産。失業者は巷に溢れ世の中は絶望のドン底に落ち込んでしまうでしょう。
 荻原重秀の小判改鋳も、グレシャムの通貨改革も、この両面を知らせる例として取り上げるのでなければ「社会の科学」の名が泣くことになってしまいます。