牧衷さんの談話断片──映画・修正主義・ゼロ金利

2000年8月21日に牧衷さんに長野県戸隠村越水ロッヂに泊まってもらったときの雑談です。テープに取ったものではなく、記憶を再現しようとしたものですので、そのつもりでお読みください。

以下記録
◆依頼者に独裁的に決めることが出来る人がいないと映画は作れない
 K鉄工(のコマーシャル映画)を頼まれて,営業部門の話をもとにシナリオを書くと,製造部門から文句がつき,製造部門の話をもとにシナリオを書くと営業部門から文句がついた。1週間大阪に泊まり込んで仕事をしたが,全然仕事が進まない。ついに「一人,この人に聞けばよいという人を決めて下さい。それが決まったらやります」といって帰って来てしまった。するとしばらくして,「一人に決められないのでこの話はなかったことにしてください」といってきた。社長からでかく怒られた。何千万の仕事をフイにしたのだから。しかし,あれはあのままがんばっても出来ない仕事だった。営業部門の副社長と製造部門の副社長の主導権争いがあり,どちらに決めることもできなかったのだから。

◆ビデオは近くをきれいに取ることは出来るが,遠くの山をきれいに撮ることは難しい。富士フィルムに富士山をきれいに撮ってくれと言われて毎日やって満足がいくものが撮れるまでに40日かかった。

◆アジ演説は,どういう言葉を使うかよく考えてはだめ。同じことを繰り返し手を変え品を変え言うのがよい。教科書を読むより授業を聞く方がよくわかるのはそのためである。著作の本より講演記録の方がよくわかるのもそのためである。
政治学者の欠陥は,あとからついていった国の歴史では跳び越しが起こることを考えていないことである。だから市民革命とネイションの成立が同時に起きたと言うことが理解できない。丸山真男の欠陥はそれである。彼はわかっていない。その業績は業績として評価しなければならないが。

政治学の要諦はご都合主義にある。昨日まで主張していたことでも,情勢が変われば簡単に反対の主張をするようになる。これが出来なければ政治は出来ない。これは一貫していないと言う人がいるかもしれないが,一貫していないことがいいのである。

◆修正主義とは体系を捨てることである。これが構造改革である。僕はこれを構造改良と言った。グラムシを担いだ人たちは構造改革を体系化しようとした。これはナンセンス。

◆何でもいいから出来ることからやろうというのではだめだ。出来ることの中から最も他への影響が大きく社会をよくすることに役立つことからやろうと言うことなのである。仮説実験授業の研究のしかたはまさにこれである。教えるべきことがあってそれをどう教えるかという考え方をせずに,教えることが出来ることからやろうというのだから,修正主義である。

◆体系化したがるのはおかしい。「仮説実験授業は思想である」というが,むしろ,観,あるいはイメージと言った方がいい。

板倉聖宣さんの主張も相互に矛盾もあるし,考えを途中で変えたところもある。それを100年後に「ここで板倉聖宣が言おうとしたことは何か」という解釈学が始まれば,もうおしまいだ。

◆体系的でなく,修正主義,ご都合主義,実験主義で行く。「間違いを認めても人格が傷つかない」というのが科学である。科学の立場に立てば修正主義になる。

◆「修正主義がいけない」という考えがどうして生じたのか。ベルンシュタインがいいのである。

◆文科系の人間の共通の欠陥は,実験概念がないこと。

政治学では,風の吹き方を読みとれなければだめだ。青島前東京都知事は風が吹いているのにやらなかった。だから石原知事はそれをやるのだから簡単である。

◆誰もついて来ないことが読めないような者は組合の指導者をやってはいけない。運動の指導者が風の読み方が実に下手だ。

ゼロ金利政策の解禁については解禁の風が吹いていた。
3つのセクターがある。
ゼロ金利で利益を得るセクター    不動産,建設,銀行,証券会社
ゼロ金利で利益を得ないセクター   保険業界,年金,福祉
ゼロ金利があまり関係しないセクター 製造業者

アメリカの景気はバブルである。日本がゼロ金利をやめればアメリカのバブルははじける。日本のバブルはどうして生じたか。日本の会社は銀行から資金を借りてやっていた。次第に日本の会社が実力をつけて,銀行から借りなくても社債を発行して資金を調達できるようになった。これは政策が悪かったり,悪い人がいたからでなく,経済成長の必然の結果である。すると,銀行は金を貸し付ける相手がいなくなった。そこで,無理矢理余った金を貸し付けて,不動産投機をやらせた。それでどんどん不動産の価格が上がり,会社は資産を労せずして増やすことができた。これがバブルである。

◆日本がゼロ金利政策を採ると日本の資産家は日本の企業に投資しても儲からないため,アメリカの株を買うようになった。そのため,アメリカの株価が高値を続けているのである。ゼロ金利政策をやめるとどうなるか。日本の資産家はアメリカの株を売るだろう。これがアメリカのバブルがはじけるということである。しかし,アメリカの経済規模からすると,これは日本にとっても世界にとっても大問題である。そこで,アメリカは「アメリカでバブルがはじけると日本も一緒に沈没だ」と言って日本政府にゼロ金利政策をやめないように圧力をかけている。

◆取材は,2時間くらい相手にしゃべらせる。テープを回してしゃべってもらうとテープを意識していい話が出てこない。30分ぐらいすると,意識せず話に夢中になる。その中にいい話がある。

◆ビデオで人にしゃべってもらうのは,準備してもらうとよくない。どんどんしゃべってもらって,編集の時使えるところを選ぶ。

◆貨幣も商品の1種である。物価が下がったということは貨幣という商品の価格が上がったということであり,物価が上がったということは,貨幣という商品の価格が下がったということだ。豊臣秀吉の慶長の大判は,貨幣として使えない。ただの金の塊と同じ。徳川家康の小判は,貨幣として使える。豊臣秀吉は経済政策がわかっていない。家康はわかっている。二人の違いはブレインの差である。秀吉のブレインは千利休。家康のブレインは茶屋四郎次郎茶屋四郎次郎は大した人物だ。貨幣改鋳の意味をきちんと理解することが大切である。